福祉に安楽死を

 筆者は無職ヒキニートである。
 働く気は多少はあるが、社会が無理すぎるので、働くことが困難である。

 収入源は年金と、ささやかばかりのnoteの売上げである。筆者は、昔、「働きたくないでござる!」「働かずに生きていたいでござる!」と言っていた。願いはかなってしまった。贅沢はできないが、慎ましく生きていけば、十分に生きていける収入があり、全く働くことなく、実家で暮らしている。

 普通の人から見れば、筆者はクズな人間に見えるだろう。よく働かないで生きていられると思うだろう。それが普通だ。筆者は、早朝、仕事に出かける父の背中を見ながら、「自分ではなくてよかった」と心の底から安堵し、「こんな事ができる父は偉大である」と心の底から尊敬している。

普通の人

 父と自分の間には、大きな隔たりがあるように感じる。父にはできて、自分にはできない、そういう劣等感を刺激され、もしくは自分もそういう生活ができれば、得られたものがあったかもしれない、そういう思いに駆られてやまない。これは父に限った話ではない。家庭を持っていたり、仕事に打ち込む同年代を見るたびに、そういう隔たりを感じている。

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