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日比谷躁躁曲_5日め

文化の底辺感、昭和の斜幸感

ソワソワは、営業の夕食会に強制的に招かれた。
自分の歓迎会も込められているとのことだったので断る理由はない。果たして断れたかも微妙ではあるが。

会場は銀座の夜景も見える会場。その日は業務を早々に終えて会場へと向かった。薬のことを公にできないので、酒は飲めないことにしている。

切替さんと美幸さんとの制作部三人でオフィスを出た。夜風が心地よい。桜の開花を待つこの時期独特の優しい高揚感が喧騒の中に漂っている。
会場のビル前に着くと、切替さんが急かすように言う。
「ヤバい、ヤバいよ。」
見ると、会場に横付けされた黒のセダンから誰かが降りてこようとしていた。会長の顔は見たことがない。
「会長の後から入ることは許されない、先回りするよ」

我々3名は早足でセダンを追い越しビルの搬入用エレベーターでレストランフロアへ直通で向かった。
何食わぬ顔で会場に到着すると、タッチの差で会長が入ってくる。
営業マン全員の顔に緊張が走った。空気がピリッと張り詰め、示し合わせたかのように社長が「お疲れさまです!」と、キッチリ45度の最敬礼で頭を下げる。ちゃんと分礼ができている。
続け様に営業マン全員が最敬礼で会長を迎えた。
昭和の空気にワクワクが止まらない。

会長の判に押したような挨拶を、まるで教祖の言葉の一つも聴き逃さないように耳に全神経を集中している営業マンたち。この会社の創業者メンバーの一人、現会長の威光を社員全員で創り出しているようだった。そうしないと組織って空中分解してしまうのか?
かつては昭和のあらゆるところでこんなシーンが毎夜行われていたのだろうなと感じていた。

自分が前に立ち、入社の挨拶をすることになった。
差し障りない言葉を選び、挨拶を行う自分。突然会長の怒号が飛ぶ。
「弱っちいなあ!」
全員に再度緊張が走る。きたきた!本日のワクワクポイントだ。

会長は自分の方を向いてビールのグラスを持った手で指さして言った。
「この会社は戦う集団だった。最近思うことは、全員が弱っちい集団になってる。お前もそんな型にハマった挨拶じゃあだめだ。」
社長が隣でうなづいている。いや、お前は止める側だろ。

「お前、今から一ヶ月試用期間だ。」
おい、と側近を顎で呼ぶ会長、時代劇の忍者のように会長の前に参じる取り巻き。
「一月後、こいつの面談スケジュールを入れろ」

会長は自分に目をむけ、再びビールを持ちながら人差し指を自分に向ける。
「お前がこの会社で戦う男になれたら、一月後また俺に会える」
最高すぎる!この時点で雇用法に数箇所は抵触している。

自分は突然試用期間に戻ってしまった。

>続く

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