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『彼方なる歌に耳を澄ませよ』 (新潮クレスト・ブックス)  アリステア・マクラウド (著), 中野 恵津子 (翻訳) 遠い国の、知らなかった一族の物語なのに、読み終わるときには、自分の家族の話のように感じて、泣いてしまいました。

彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス) (日本語) 単行本 – 2005/2/26アリステア・マクラウド (著), 中野 恵津子 (翻訳)

Amazon内容紹介

18 世紀末、スコットランド高地からカナダ東端の島に、家族と共に渡った男がいた。赤毛のキャラムの子供たち、と呼ばれる彼の子孫は、幾世代を経ても流れるその血を忘れない――。人が根をもって生きてゆくことの強さ哀しさを、大きな時の流れと、いとしい記憶を交錯させ描いた感動のサーガ。『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』の著者による待望のベストセラー

ここから僕の感想

 ひさしぶりに、「しむちょーん、読んだよー」と叫びたい。この前、マーガレット・アトウッド(カナダ人)の『侍女の物語』『誓願』を続けて読んだときに、「カナダと言うのは、アリス・マンローもそうだし、女性作家が大活躍の国なのかしら」とFacebookでつぶやいたところ、読書師匠のしむちょんが、「いやいや、男性作家にも、カナダにはいい人いるよ」と、この人、アリステア・マクラウドの短編集『灰色の輝ける贈り物』を紹介してくれた。で、思い出した、2014年にしむちょんがその本を読んで感想を書いていて、僕もそのとき買ったのにまだ読んでいなかった。あわてて本棚を探してみたが、見つからない。同じ本を二度買うのは悔しいので、そのうち出てくるまで、この人の別の本を読んでみようということで、唯一の長編小説である、こっちの本を買ったというわけ。

 いや、もう、嘘でも誇張でもなく、ボロボロ泣いてしまいました。本当にいい小説でした。Amazon内容紹介の文章が、とてもよくできていて、まさにそういう話なんですが、何がどう、そんなに良かったのか、もうちょっと書いてみよう。

 しむちょんは、世界中のあらゆる国の、本当にいろんなタイプの文学を読んでいるけれど、どうも、反応感想をずっと見てくると、アイルランドとか南米とか、「世界の片隅」の「弱い方の立場の国や民族」の、「その中でも楽しく力を合わせて生きている人側」の文学に感情移入する傾向がある。そういうのが好きなんだと思う。たいてい、酒飲みだったり、喧嘩っぱやかったり、ちょっとだらしなかったり、ケルト系とか南米系の小説の主人公には、そういう人たちが出てくる。

 この小説の主人公の一族、スコットランドのハイランダー、も、「情が深すぎて、頑張り過ぎる」人たち。ちなみに、この「情が深すぎて、頑張り過ぎる」のは、この一族についての説明ではなく、一緒にスコットランドから渡ってきた、犬についての説明なんだけれど。犬とその子孫まで、情が深すぎて頑張り過ぎるんですよ。

 この小説は、家族の、一族の何層にもなってい歴史についての物語。スコットランドとカナダの間の数百年にわたる歴史というのが背景にあって、その中で、スコットランドの中でも、よりイギリスに対する独立心の強い氏族が住んでいたハイランダー地方の歴史があって、その末に、主人公の一族の祖先が、18世紀後半に、カナダの東はじの島に渡ってくる。そして、カナダに来てからの一族の歴史があって、さらにその先に、直近の、主人公家族の歴史があるわけ。このハイランドから来た一族は、みんな赤か黒の髪をしていて、ゲール語(スコットランドとアイルランド人の言葉)で話をして、一族の結束がものすごく強い人たち。一族子孫は、カナダの中で、ふっとすれ違っただけでも(今は全然知らない赤の他人でも)、「おい、お前、一族だろ」ってわかって、声を掛け合っては意気投合しちゃう、それくらい、濃い絆で結ばれているのだそうだ。

 この小説の主人公、語り手は、現在、裕福な矯正歯科医になっている。六人兄弟の末っ子。一方、年の離れた長男は、トロントの安アパートで、アル中のようになって、ぼろぼろの生活をしている。そのお兄ちゃんを、定期的に主人公は訪ねて、様子を見に行っている。そのお兄ちゃんを訪ねるシーンを軸に、家族の歴史、一族の歴史を回想していく、というのが小説の構造。

 主人公と二卵性双生児の妹は、事情があって、父方の「おじいちゃん、おばあちゃん」に育てられて、彼は歯科医、妹は女優さんになっている。インテリの、豊かな暮らしをしている。一方お兄ちゃんたちは、若い時から自立した生活をして、鉱山労働者としてカナダだけでなく、世界中で働いてきた。そして、今、長男は、上に書いたような状況になっている。その事情も、小説を読み進むと、だんだん分かってくる。

 父方の「おじいちゃん、おばあちゃん」は陽気で楽しい、ちょっといい加減だけれどあったかい人たち。それに対して、母方の「おじいさん」はまじめで知的で几帳面で、でも、これもとてもいい人。「おじいちゃん、おばあちゃん」と「おじいさん」は、全然違うタイプだけれど、とても仲が良い。おじいちゃんも、おばあちゃんも、おじいさんも、なんと、全員、一族の一員なのである。

 このおじいちゃんおばあちゃんと、おじいさんと、兄弟と妹の様々な思い出、エピソードが連なって、一族のありようが、語られていく。

 もし読もうという人がいたら、ひとつだけアドバイスしたいのが、このハイランダーの歴史、スコットランドとカナダの歴史については、訳者があとがきで詳しく解説してくれていて、これを読んでから読み始めた方が良いかもしれない。あとがきには、別に小説自体のネタバレ的内容は書いていなくて、背景になっているカナダとスコットランドの歴史をまとめてくれています。ので、あとがき「歴史解説」部分だけ、先に読むといいと思う。いや、読んだ方が良い。

 僕は、読み終わるまで、そんなことは知らなかったので、いつものように、ウィキペディアで、歴史の勉強をしながら読み進めました。加えて、グーグルマップ、ストリートヴューで、舞台となっている島や、カナダ各所の景色も眺めながら読みました。景色はともかく、歴史は分からないと、そこに触れているところの意味、ニュアンスが分からなくて???って、なると思います。

 例えて言えば、細田守の映画「サマー・ウォーズ」の、あの一族、一家「陣内家」が、武田軍の家臣、真田家の末裔的設定になっていて、「上田合戦が」とか、「徳川を少人数で撃退した」とか、そのときの因縁やなんかを、みんな集まっては、まるで、昨日のことのように語り合うシーンがあるでしょう。そうすると、日本人だと、ああ、戦国自体の、あのとき、こっちの陣営にいた一族だから、誰のことは恨んでいるとか、誰には親近感があるとか、あの戦の時に、こうだったら、とか、そういう話って、なんとなく分かるでしょう。でも、もし日本の歴史を知らない外国人が、あの映画を見たら、そのへんのニュアンスは全然、わからないでしょう。

 この小説の場合、16世紀から17世紀にかけての、スコットランドとイギリスとフランスの、スコットランド本国での戦争争いと、カナダ植民地の争奪戦にまつわる歴史が、すごくたくさん出てきて、それが、フランス系の人たちと、主人公一族の、いろいろなエピソードの展開に、深いところで影響するわけ。だから、小説を読みながら、このあたりの歴史を、「あとがき」でもいいし、ウィキペディアでもいいから、並行して調べながら読んだ方が、小説の中身も楽しめます。

 ちなみに主人公の一族は「マクドナルド」一族なのだけれど、スコットランドのハイランダー氏族の中でも、いちばんひどい目にあった人たちで、ひどい目に合わせた、裏切り者的氏族は「キャンベル」氏族なんだって。ウィキペディアによると、今でもスコットランドでは、マクドナルド一族の多い地域のパブでは「キャンベル一族お断り」って札が下がっているんだって。

 とまあ、ちょっと脅かしてしまったけれど、そういうことを楽しみながらも、この家族の、濃くてチャーミングな、心のやりとりを読み進んでいくと、もう、全員のことが愛おしくて、いつまでも、終わらないで欲しいと思ってしまう。遠い国の、全然、知らなかった一族の物語なのに、読み終わるときには、自分の家族の話のように感じて、泣いてしまいました。

 小説終盤で、認知症になって、孫である主人公のこともわからなくなっちゃったおばあちゃんに会いに行くと、おばあちゃんがおじいちゃんのことを思い出して、こう語るの。ここだけ引用して、感想、おしまい。

「あなた結婚しているの?」「うん、結婚してるよ」
「あたしも、してたのよ」とおばあちゃんが言う。「若いうちに結婚したの。主人がうるさくせがむもんでね。きっと幸せになれると言ってたけど、ほんとうにそうだったわ。二人とも迷ったことなんてなかった。『誰でも、愛されるとよりよい人間になる』って、主人はよく言ったもんよ。あの人がそんなこと言うなんて、世間の人は思いもしないだろうけどね。うちの主人は、お友だちを訪ねて帰ってくると、あたしにスコットランドの話をいろいろとしてくれたの。あの人はマクドナルド一族が世界で最高だと思っててね。よくそのお友だちに、木を見て森を見ないやつだと言われてたっけ。あたしにそういう話をするとき、目に涙をためていたこともあるのよ。よく、涙もろいって言われていたけど、それは情に厚い人だったからね。何にでも深く感動するの。この辺ではそういう男の人を『やわ』だと言ったもんだけど、あの人は言うのよ、『そうかもしれん。だが、俺は硬くなるべきときには硬くなる。それはおまえがよく知っているよな』って。まったく、そういうきわどい冗談をよく言う人だったのよ、うちの主人は」


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