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『シンコ・エスキーナス街の罠』 マリオ・バルガス=リョサ (著), 田村さと子 (訳) ノーベル文学賞作家、80歳のときの作品、にしてはギラギラしていて「性と暴力の実録中間小説」風。舞台となるペルーのリマ各所をストリートビューで歩き回りながら読みました。

『シンコ・エスキーナス街の罠』 2019/9/25
マリオ・バルガス=リョサ (著), 田村さと子 (翻訳)


Amazon内容紹介

「テロが吹き荒れるフジモリ政権時代のペルー、リマ。戒厳令下、同性愛をひそかに楽しむ富裕層の妻たち、乱交パーティの隠し撮りでゆすられるその夫、ゴシップ誌に命をかけ闇を背負う編集長、彼を崇める記者、職を奪われ孤独の中で恨みを溜める老人…腐敗し退廃した街の人間模様の背後には、国家の恐るべき罠が隠されていた。ノーベル賞作家が放つ官能的かつサスペンスフルな最新作!」


ここから僕の感想


 小説自体について言うと、ノーベル賞作家の小説、と知らずに読んだら、「上流階級の性的スキャンダル、それを暴く三流週刊誌、その背後の権力の闇、えげつない性と暴力描写」、なんか、日本で言えば、週刊ポストか週刊現代に連載されている、三回に一回はセックスシーン、三回に一回は暴力シーンの中間小説、みたいな内容、と言えなくもない。


 ペルーのリマを舞台にした小説で、例によってぐーグーグルマップ・ストリートビュー機能大活躍させて、舞台となる上流階級の住む場所や、題名にもなっている「シンコ・エスキーナス地区」、昔は文化の中心だったのが、今はいちばん危険な地帯とか。三流出版社のある一角なんかを見て回りながら小説を読んだ。


 書かれたのは2016年で、リョサは1936年生まれだから、80歳のときの作品なんだよな。生々しい性と暴力を描くにはずいぶん高齢だなあ。と思って読んでいると、「本筋とどう絡むのかな?」というかんじで登場する、詩の詠唱家で、認知症で記憶もさだかでなくなっている老人が登場する。老いの実感的には、これが作者の分身なのだろうか。

 そうそう、この老人の記憶に出てくる、シンコエスキーナス地区に銅像が立っているフェリペ・ピングロという音楽家の曲を、YouTubeなどで見つけて、BGMに流しながら読むと、さらに「リマの気分」に浸れます。



 政治と暴力の関係がいちばんひどかったフジモリ政権末期のころを舞台に、フジモリ大統領や、その側近ドクトルなどが、実名、あるいは誰だかはっきり分かる形で描かれる。


小説冒頭に

「何人かの登場人物を想像するにあたり、作者は実在の人物に着想を得ている。名前もそのまま用いられているが、全編にわたりフィクションの登場人物として扱われている。展開される出来事は事実とは一致していないし、作者は常に作品において絶対的自由を有している」

と但し書きをつけている。なんか、すごいな。

そして、あとがきを読むと、えええと思う。


 で、読み終わって、翻訳者 田村さと子さんの「訳者あとがき」を読んで、いや、僕が不勉強なのがいかんのだが、えええ、そうなんだとびっくりした。
 バルガスリョサは、ペルー大統領選に出馬して、フジモリ大統領と争って負けているんだな、1990年に。そのあたりの経緯と、実在の人物についての説明が、あとがきでがっつりされているので、小説を読み終わって「週刊ポスト・現代のセックスシーンありの政治暴力小説」じゃん、となっていたのが、バルガスリョサは無力な詩の詠唱者のような芸術家、老人としてイメージして読み終えたイメージが、「違ったみたい」と思えてくる。


 あとがきから、マリオ・バルガス=リョサがフジモリに負けた原因の部分を引用すると

「民族・産業・地理などのあらゆる多様性・多空間がせめぎあっており、八〇パーセントが先住民や混血の人々から校正される統治の難しいペルーにおいて、ペルーの伝統的文化を擁護せずにヨーロッパへの憧れを隠さないバルガス=リョサの発言は、植民地以来の排他的な白人支配を想起させ、一般の人との距離を広げていった。」「ペルーの民衆は、バルガス=リョサはスペイン直系の白人であり、その白人に対する混血の代弁者、貧しい人々の代弁者としてフジモリを受け止め」

ということだったらしい。しかし政権を取った後に、フジモリはテロ対策や経済不振に悩み、軍部に頼るようになった。その軍都の橋渡しをした人物が、本作で黒幕として登場する「ドクトル」なのだという。


 バルガスリョサが新自由主義、企業・都市部富裕層に近い側の立場の大統領候補だったのか。なるほどなあ。


 なんというか、作者は「フジモリに大統領選で負けた人」です。となると。「実録小説」的な面白さなんだよな。


 「ノーベル賞作家の、南米文学」というと、高尚で幻想的なややこしいもの、と想像するかもしれないけれど、全く違う。実録中間小説的な面白さ。しかも、文章や小説の構成は熟達の技。わりと薄くて短いし。バルガスリョサって、そうなんだ、という意味で勉強になりました。


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