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『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』 デヴィッド・グレーバー (著),アメリカ大統領選挙混乱のさなかだからこそ、学術会議問題・大揺れの中だからこそ、竹中平蔵、新政権でも一層のさばる今だからこそ、必読。

『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』 2017/12/11
デヴィッド・グレーバー (著), 酒井 隆史 (翻訳)
先日、急死したデヴィッド・グレーバーの『負債論』の次に書かれた本。Amazonの内容紹介=単行本の帯の紹介文が、なかなかに出来が悪くて、面白さを伝えきれていいので、今回は割愛。しようかな。一応、載せておこう。

Amazon内容紹介

「なぜ空飛ぶ自動車はまだないのか?かつて人類が夢見た「空飛ぶ自動車」をめぐる科学技術は、ひるがえって人間の内面を規制する「マネジメント(=官僚制)」を生み出した!新自由主義が自明のものとなった今日、それもまた空気と化している。『負債論』の著者グレーバーが、その無意識の現代性に切り込む画期的な文明批評!」

でも、全然、そんな本じゃないのよ、これ。

 僕に読書家としてのなにがしか個性があるとすると、それは、どういうわけだが、読むべき本を読むべきタイミングで読んでしまうこと。これを運の良さと考えるのか、今読んでいる本と、自分の置かれている状況や世の中の出来事と関連づけて理解しようとしてしまうという読み方のクセのせいか、と考えると、まあ、後者だとは思うが。


 官僚制が、狭義の官僚制ではなく、いわば官僚制の民営化、として、大企業の企業文化取り込まれていく状況(次作『ブルシットジョブ』で企業封建制と呼ばれたもの)を分析考察することで、どれだけ深く官僚制に私たちが取り込まれているか。はじめはそのうんざりする構造を、その起源から発展の歴史を紐解きながら分析しつつ、後半では、それに、実は私たちが魅了されてもいる、その構造を、ファンタジー(指輪物語なんかの、文字通りのファンタジー)から、そうした道具立て世界観のRPGの分析を通じて、明らかにしていく、という、とんでもないスケールでの知的冒険本です。

 え、なんのこっちゃかわからない?うん、読まないと。読むと、すごく分かりやすい。この著者のいつものことながら。問いの立て方が、すごく分かりやすい、実感のあることからスタートしつつ、次々、意外なところにジャンプして、考察がつながっていき、気づくと、途方もなく、遠くまで、いろいろなことを考えることになる。そういう、この著者固有の、最高に知的興奮に満ちた読書体験が待っているわけですから。おすすめですよ。

 で、なんで、今、このタイミングで読んだ自分すごい、と思ったかと言うと、これくらい、今、話題のテーマと関係することが分析されているんですよ。

 ①官僚制の近代的起源は(もちろん官僚制は人類の歴史の最も古い段階、メソポタミア文明以前に成立していたことを指摘しつつ)、ビスマルク時代のドイツの郵便制度にその起源を求めるわけ。ドイツでも、そのあとのアメリカ合衆国の成立前後でも、公務員、国家官僚システムの大半、普通の人が接する唯一のそれは「郵便局」、郵便というシステムだったというわけ。この、アメリカ大統領選挙で、郵便投票が世界中の注目を集めるこの瞬間に、郵便という官僚システムから、官僚制と人類の関係を説き起こすわけですよ、これが。

 ②そして、「軍事システムとして発達した郵便制度の、民間活用」の先駆例としての郵便システムから、当然インターネットへと連想は進み、テクノロジーの進化に、「軍事」と「官僚システム」がどのように絡むか。一見、促進要因として分析するようで、そうではなく、20世紀後半になって、実はテクノロジーは、官僚制によって停滞させられている、という分析をごりごりと進めるわけ。これって、日本学術会議と軍事研究とそれに対する国家の干渉の問題と、モロに重なる問題を論じているわけですよ、これが。

 ③そうした官僚制が、「民主主義と共和主義は異なる」「民主主義とはほとんどモブ(暴徒)としてアメリカでは忌避批判されてきた」という、次作『民主主義の非西洋起源』につながる視点から、都市における官僚制、それに対抗する物語を生み出す周縁の存在(英雄物語を生み出す、システムから外れた存在」の間のダイナミズムを、古代から中世から洋の東西をまたぐ博識を披露しながら、分析していく。これ、ほとんどアメリカの民主主義システムの危機としての大統領選挙の混乱、暴徒化する両勢力、右派左派それぞれの行動根拠や行動様式の違い、そういうものを深く納得させる形で分析は進むわけ。

 そして、中世的ファンタジーを人が、現代人が、「小説→ボードゲーム→コンピューターゲーム」などで、なぜこれほど深く魅了されるか。官僚制からの自由の構造が、その中に投影されつつ、しかし、コンピューターゲーム化するということは、すべてが数値化され管理される官僚制的システムに回収されている、という両義的構造を鋭く分析するわけです。

 僕は人生最大の愛読書がC.S.ルイスの『ナルニア国物語』なだけに、そして『指輪物語』を、小説も映画も愛していだけに、なぜ、自分がそれほどこうしたファンタジーに惹かれるのか、それが自分の政治的志向と、どんな関係があるのか、いやあ、深く考えさせられました。


 ④最後におまけでついている、バットマン映画『ダークナイト・ライジング』を批判的に分析しながら、マーヴェルコミックを原作とする映画が、2010年以降の世界で、なぜこれほど隆盛を極めているのか、それを、政治状況と関連で解き明かしていく、という面白さ。グレーバーは、オキュパイ・ウォールストリート運動の理論的指導者であったわけで、この映画が、それを抑圧する文脈、意図を含んだものとして、どの様な構造を内包しているかを、分析します。これも、警察の暴力、ブラックライブズマターとそれに対する右派の攻撃と言う、現在の政治的暴力をめぐる構造の、きわめて明確で優れた分析考察となっています。


 そして、今、もう一冊並行して読んでいるのが『竹中平蔵 市場と権力』佐々木実著、という竹中平蔵評伝なのですが、冒頭書いた通り、狭義官僚制が大企業文化の中に蔓延していく「企業封建制」を、自信の立身出世と経済的利益のために徹底的に利用し続けている竹中平蔵のやっていること、なぜ彼が菅政権にになってもなお権力周辺で利益を食み続けていられるのかについて考える上でも、この『官僚制のユートピア』を、並行して読んだことは、実に意味が深い。99%の大多数が苦しんでいることを、1%が、権力と利益の源泉とする構造、それと闘うことが、グレーバーが人生を通じて実践したことであって、グレーバーにとって、竹中は、最大の敵のポジションにあることが、二冊を並行して読むと、すごくよくわかるわけです。


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