見出し画像

『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』 スティーヴン グリーンブラット (著),ルネッサンスのきっかけには古代ローマ哲学者の幻の本があった。その中身の未来性は、現代の物理学や進化生物学・無神論的人間観までを含んでいた。タイムマシンSFか?いや歴史的事実を発掘した本なのだが。面白すぎる。

『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』 単行本 – 2012/11/1
スティーヴン グリーンブラット (著), Stephen Greenblatt (原著)


Amazon内容紹介

「長い間失われていた写本。千年の時を経た十五世紀、再びその姿をあらわした書物は、世界の針路を変えてゆく…。今から二千年前、真実はすでに記されていた。ルネサンスの引き金となった書物とひとりの男との、奇跡の出会いの物語。全米図書賞、ピュリッツァー賞受賞。」

ここから僕の感想。

※大傑作ですが、「歴史の謎解き」のような話でもあります。このnote、ネタバレありです。Amazon内容紹介だけで読む気になった方は、ここで、すぐにAmazonに飛んで、読みましょう。(上の、書名下線部クリックすると飛びます。)

さて、改めて、僕の感想、スタート。

 この本には、二人のというか、一人と一冊の主人公がいる。

 1417年に、その本を発見したポッジョ・ブラッチョリーニが、一人目の主人公。

 そして、もう一人の、真の主人公が、古代ローマのルクレティウスの書『物の本質について』。ルクレティウスその人については、分かっていることが少ない。その人ではなく、この『物の本質について』という本が、この本の、もう一人の、おそらくは真の主人公である。

 と書いちゃったけれど、たしかに、「この本のテーマは」とか「著者の伝えたかったことを簡潔にまとめよ」という風に考えてしまうと『物の本質について』という本こそが、真の主人公である、とまとめたくなる。のだが。しかしね。この本を発見したポッジョの伝記が書かれた部分も、それだけで、何冊の本にもなるような、ルネサンス直前の、欧州の、宗教と社会と文化と政治と、そういうものをいきいきと伝える傑作読み物なのである。

 しかも、それは、単にその時代のことを歴史的に深く調べて生き生きと再現する、ということにとどまない。読んでいて僕の頭の中にはデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』のことがずっと浮かんでいた。なぜかというと、このポッジョと言う人が、「教皇秘書」という、究極のブルシットジョブ(教皇の権威を、様々な経済的政治的利権に変換するための、煩雑な書類や事務や交渉を、裏で一手に引き受ける、という、まさにグレーバーの言うブルシットジョブ定義そのものの仕事なのである。)で立身出世しながら、その虚しさから逃れるために「人文主義者」として、本の世界にこそ価値を置いて生きてきた、その軌跡が鮮明に描かれているから。別にグリーンブラットは現代の価値観をポッジョに無理やり投影されているわけではない。ポッジョの書いたもの、周囲の人とのエピソード、そういった史実を丹念に追っているだけなのに、現代に生きる私、そう、まさしく私と同じ切実な人生の問題に、ある能力とやる気をもって、ある時代の状況の中に投げ出された人物が直面している様が浮かび上がるのである。

 これは著者、グリーンブラットが『暴君――シェイクスピアの政治学 』で、現代の政治には一言も言及せず、ただシェークスピアの作品論を、有名なものマイナーな物織り交ぜて、淡々と積み重ねながら、読む人の頭の中には、現代の政治を取り巻くは状況が、あの政治家が、この人物が、と頭に浮かんでくる。グリーンブラッドという書き手の、恐るべき特殊能力といっていいと思う。(『暴君』についての感想noteも書いているので、下線部クリックすると飛びます。よろしかったら、読んでみてください。)

  また、もう一人の主人公『物の本質について』について、グリーンブラットがその内容を要約したパートというのが、これが本当には衝撃的内容。紀元前1世紀に書かれたとは到底思えない、物理学と、進化論と、無神論的合理主義、つまり、この世界宇宙の成り立ち、動物生物界の中での人間の位置づけ、そのような物理学的宇宙観・生物学的人間観から生まれる、人の人生、生き方の価値観の、なんとまあ、現代的なこと。

 これを読むとルクレティウスという人が、もしかして「現代の、社会問題や哲学などにも広い興味を持つ物理学や生物学の学者さん」というか、「リベラルな思想と文学趣味を持った、でも専門は理科の高校の先生が、タイムスリップして紀元前1世紀のローマに生まれ変わってしまって、その物理や生物の先生の知識とリベラルな価値観を、ローマ時代に『詩』として書いちゃったんじゃないか」と思ってしまうような内容なんだよね。よくあるでしょ、最近、ネット文学で、「現代の知識をもったまま、過去とか異世界に転生しちゃって、モテまくったり、やたら大活躍できちゃうっていう設定」の小説群が。

 いや、もちろんこの本は、そういう安易なフィクションじゃないわけ、当然ながら。全部、歴史的な事実に関する、深い知識・史実資料から組み上げられた、格調高い本ではあるのだが。しかし、「もしかしてルクレティウス、転生モノの主人公なんじゃね」と思うくらい、この『物の本質について』で書かれている内容が画期的なのです。後で詳しく紹介します。

 そして、それが、ルネサンス期の、様々な人に読まれて、影響を与えていった、その拡がりが、本書の最終パートなわけです。

 まとめると、この本というのは

「現代の科学知識と価値観をもって紀元前ローマに転生した人が書き残したんじゃないか?」と思えるくらい、画期的な内容の『物の本質について』という本が、かつてあった。(グリーンプラットはたまたま学生時代にその方に出会い、びっくりした。)

→しかし、原始キリスト教が拡大する紀元後しばらくから中世にかけて、ギリシャローマの様々な本の多くと同様に、書名だけは他の文献に見られても、本自体は失われてしまった。→

→かと思われたが、実は、ある修道院で細々と筆写されて保存されていた

→それをルネサンス直前の「人文主義者」の時代・1417年に「ブックハンター」ポッジョが発見した

→これがルネッサンス期に、芸術だけではなく、科学・哲学・政治の、様々な人物に影響を与えて、つまり世界全体に影響を与えて、近代が生まれるきっかけを作った。

という本なんですね。

 もしこれがサイエンス・フィクション、SF娯楽小説だったら、「まさか、バカみたい、そんな都合のいい」と言いたくなる話だけれど。これは歴史的事実を発掘していった末に書かれた本なので、もう、どう考えていいのかわからくなるほどの驚きがある。事実はSF小説よりもビックリ、という本なわけなんですよ。これが。

 だから、タイトルが『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』なのですよ。大げさじゃないの。

まずはここで一回「前書き篇」として投稿しちゃいます。

 ここから、もうちょっと本の具体的内容に触れて、つまりネタバレ多めにありで、一人と一冊の主人公について、詳細篇として、以下のようなことを書いていこうと思います。

「いや、読むから、ネタバレやめろ」と言う人は、ここでやめて、Amazonにポチリに行って、読んじゃってください。後悔することは無いと思う。大傑作です。

①ブルシットジョブで出世しつつ、「本に生きる」という、ポッジョの生涯

②「転生SF」としか思えない、『物の本質について』の内容の、現代性

という二つのテーマで、ここから、それぞれ書いていこうと思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?