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『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』 岡 真理 (著)を、NHK「映像の世紀バタフライエフェクト イスラエル」への批判をきっかけに読んで考えたこと。

『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』 単行本– 2023/12/24 岡 真理 (著)

Amazon内容紹介

【緊急出版!ガザを知るための「まず、ここから」の一冊】
 2023年10月7日、ハマース主導の越境奇襲攻撃に端を発し、イスラエルによるガザ地区への攻撃が激化しました。
 長年パレスチナ問題に取り組んできた、パレスチナ問題と現代アラブ文学を専門とする著者が、平易な語り口、そして強靭な言葉の力によってさまざまな疑問、その本質を明らかにします。
 今起きていることは何か?パレスチナ問題の根本は何なのか?イスラエルはどのようにして作られた国?シオニズムとは?ガザは、どんな地域か?ハマースとは、どのような組織なのか?いま、私たちができることは何なのか?
 今を知るための最良の案内でありながら、「これから私たちが何を学び、何をすべきか」その足掛かりともなる、いま、まず手に取りたい一冊です。

Amazon内容紹介

ここから僕の感想

 というか、読んだきっかけは、今週月曜(2024年3月4日)のNHK「映像の世紀バタフライエフェクト イスラエル」を観た後、ツイッター上に「イスラエル寄りのプロパガンダだ。NHKに抗議した」という怒りの声を上げる投稿がけっこう見られ、(僕がそうは思わなかった、ということは後で詳しく論じていく)、そうした、番組に対して怒っている人たちが複数、この本を紹介しつつ「暴力の連鎖、憎しみの連鎖」とこの番組中ナレーションが繰り返していたことを批判していた。ので、「どういうことだろう」ということで、さっそくAmazonでポチって、読んでみたのである。 

バタフライエフェクトの方のHPからの番組紹介文はこちら。

〈数千年前、国を失い、世界各地に離散したユダヤ人は、絶えず迫害を受けてきた。19世紀末ロシアでの集団虐殺・ポグロム。ナチスによるホロコーストでは、世界のユダヤ人の3分の1にあたる600万の命が奪われた。1948年のイスラエル建国は、ユダヤ人の悲願だった。その後イスラエルは、アラブ諸国との戦争に勝利を重ね、今や世界有数の軍事大国となった。なぜイスラエルは戦い続けるのか、ユダヤ人苦難の歴史から読み解く。〉

NHK HP

さて、どこから始めようかしら。まず、Amazon内容紹介には無い、本の帯の情報からだな。

早稲田大学(10/23)、京都大学(10/20)の講義に加筆・収録

本の帯

 そう、これ、10/7に今回のハマスの襲撃からのイスラエルのガザへの侵攻が起きた直後に、緊急に開催された講義というか講演の内容をほぼそのまま収録した本なのだな。

 で、この本が書かれた時期と言うのは、G7のうち、日本以外の6カ国は断固イスラエル支持、ハマスをテロリストと非難、報道もハマスによるイスラエル民間人殺害と人質にとったことを徹底非難、イスラエルの人質奪回のための軍事作戦支持支援という立場からの報道ほぼ一色だった時期なのだな。

 この件、ずっと僕はFacebookでも発信し続けているが、日本政府は、というかまず日本の政権に近い立場の著名な国際政治学者の方たち、ウクライナ戦争ではウクライナを完全支持していたので、この人たちは親米的なんだ、と私は思っていた方たちも、今回は「長期的に継続されているイスラエルの国際法違反や国連安保理決議違反がそもそもの原因」という立場の方が多かった。「親米」ではなく「国際法秩序最重視」なのだということを示した。日本政府としても、単純にG7の他国に追従せず、先進国の中ではいちばん中立的な立場を保持していた。ということはあったのである。もちろん、ハマス寄りの立場ではなかったけれど。マスメディアも、ハマスではないけれどパレスチナ自治政府(西岸地区)の大使がその主張を長時間してもらうというBSフジプライムニュースのような番組があり、イスラエル絶対支持のアメリカメディア状況とは当初からスタンスは違った、ということを僕はお伝えし続けてきたのは、友人の皆さんは読んで知っていると思う。

 アメリカや特にドイツなんかの当初の「一方的絶対的イスラエル支持」とは、日本の政府や有識者の立場は、はじめから違ったということは、ひとつ押さえておきたいのである。日本国内で極端にイスラエルひいきだったのは、一部、かなり極端な保守主義者だけだったと思う。ツイッター上でも。この点は日本はG7の中でもかなり特殊だったと思うのだな。

 その後、アメリカでもイギリスなどG7諸国でも、そして世界各国でイスラエルの非道な軍事侵攻と言うかガザの徹底破壊、民間人の大量殺戮への避難批判のデモが巻き起こり、国連でも南アによる国際司法裁判所へのイスラエルのジェノサイドとしての告発提訴というようなこと起きるのだが、この本は、まだ起きる前の段階の「緊急講義・講演」だということなのだ。

 今、国際社会でも(国連や安保理での投票行動を見ても)イスラエルをいまだに徹底積極支持支援しているのはアメリカだけだし、そのバイデン政権にしても、大統領選挙をにらんで、ユダヤ人票やユダヤ系企業や金持ちからの選挙資金が欲しいものの、若年層やリベラルな人たちはパレスチナ支持になっており、どっちの支持も欲しいから、停戦をすすめてみたり支援物資を空から撒いたり、イスラエルへの支持支援はしながらも右往左往状態になっている。

 というような状況変化が起きる前の、まだ10月の、事態勃発2週間以内、G6揃ってイスラエル支持、ハマスはテロ組織、ハマスの残虐行為だけがメディアで語られるような状況に憤った筆者、岡さんが「いや全然違う」ということを語った本だ、と言うことなのだな。

 さらに言うと、イスラエルの建国からのパレスチナ人弾圧迫害、国際法違反による入植やガザの封鎖、と言うような情報も、今年に入ってからのNHKの報道やドキュメンタリーではそれなりに継続的に発信されるようになっているのだが、そういうことがまだ全然無い時点での講演と、その書籍化だということである。

 だから、そういう書かれた時点を考えれば

①この本で語られていることは全く正しいと思うのだが
②この本で批判されているような語られ方というのは、5カ月が経過し、世界の、西側先進国の民衆レベルの理解、態度としても、日本の有識者からマスメディアのあり方としても、かなり変化していて、今のイスラエルのやっていることはジェノサイドだ、はやくやめさせなければ、という認識になっている、

とぼくは思うのだな。

 たとえば今年1月28日のNHKスペシャル「衝突の根源に何が~記者が見たイスラエルとパレスチナ」では西岸入植地でパレスチナ人を暴力的に迫害するイスラエルの様子を克明に伝え、それをやっているイスラエル右派の議員や閣僚のインタビューを放送。イスラエルがパレスチナ人をせん滅、少なくとも完全に追い出そうとしてること、まったく共存する気なんてないことは伝えていた。

 それに対し放送直後、ツイッターには「イスラエル、完全におかしい」「もうどうしようもない」という感想が溢れていた。どっちもどっちじゃなくて、イスラエルが圧倒的に強いうえに悪い、道理の有無にしても、力の有無についても、非対称な問題である、という認識でNHKのドキュメンタリー部門制作陣はこの問題を捉えているのは明らかだと思う。

 そのうえで、今回のバタフライエフェクトは「世界中の多くの人が、イスラエルのやっていることはジェノサイドだ、やめろ」となっているのに、イスラエルの今の行動は度を越した虐殺弾圧なのに、なぜ国家としてのイスラエルは、そして指導者である、人間としてのネタニエフは、全くそれをやめようとしないのか。それをなんとか理解しようと(同情したりイスラエルに味方しようという意図ではなく、明らかにおかしいのにやめないその理由を解明しようとして)、イスラエル主語で番組を作ってみた、そういうものとぼくは見たのである。

 たとえば、ヒットラーがなぜあのような行動に出たのかを理解しようとしたら、第一次大戦の敗戦とか、ドイツが多額の賠償金を課せられたこととかの大局的な話と、ヒトラー個人が獄中でなんとかとか、共産主義とユダヤ人への憎悪がどのようにヒットラーの中で育ったかとか、そういうドキュメンタリーというのはあるわけで、そういうものを作ったからといって、「ナチスの思想を肯定している」とか「ヒットラーを擁護している」とかいうことにはならないだろうということ。ほぼ狂気と思えるイスラエル、ネタニエフの「ジェノサイド続行」の理由を探る、という番組だったと思うのである。擁護ではなく。

 この本で語られているような、イスラエルによるパレスチナ弾圧と言うか迫害と言うかの歴史的経緯とその背景の細部正確な掘り下げがやや甘くなるのは、「イスラエルの、ネタニエフの現在の志向と行動の原因を(知的に)理解する」ということに焦点を絞った番組としては確かにあったかもしれない。が、許容範囲だったと思う。
 それを「イスラエルのプロパガンダにNHKが加担している」と批判するのは、ちょっと的外れなんではないかなあと思ったのだな、ツイッターでそういう発言をしている人については。

本の内容について

 この本に関しては、論旨は明解だし、早稲田と京大での二回の講演を、内容が重複している部分も割愛せず収録しているので、それは大事なことを二回、読むことになるので、よく分かる。

 この本の、後半で、著者もこう書いている。

問うべきは「イスラエルとは何か」
十月七日以来、「ハマースとは何ですか」と何度も質問されました。テレビなどでも、ハマースとは何かとさかんに議論しています。しかし、これは誤った問いだと私は思います。誤った問から、正しい答えは出てきません。(中略)「ハマースとは何か」ではなく、むしろ問うべきは「イスラエルとは何か」だと思います。イスラエルとは何か。どのように建国されたのか。それがこの問題の根っこにある原因です。

本書p167

そう、だから「イスラエルとは何か」を問う番組を作ろうとしたんだと思うわけ、NHKは。と思う。

筆者の考える「イスラエルとは何か」を僕なりにまとめておくと。

①建国の時からして、イスラエルを作ったシオニストはユダヤ人の中の多数派ではなかった。今、世界のユダヤ人、アメリカのユダヤ人でもイスラエルの行為に反対している人は多い。ユダヤ人の中のシオニストにより作られた国である。

②第二次大戦中のホロコーストはヨーロッパで起きたヨーロッパの犯罪であるにも関わらず、その犯罪の代償を、パレスチナにユダヤ人国家を作ることでパレスチナ人に代償を払わせるという政治的不正により作られた国である。当初、アフリカに、とか勝手なことを欧米各国は言っていた。そういう勝手なことを言っていいという、ヨーロッパの「植民地主義」の発想が創り出した国であるということ。

③建国当初から「アラブ人との共存」という発想はなく、「ユダヤ人だけの国」を作るために、パレスチナ人を追い出したり虐殺したりするという「ユダヤ人によるユダヤ人のためのユダヤ人の国」としてイスラエルは考えられており、原理的にそれは民族浄化を国の原理として持っているということ。

④民族浄化へのプロセスとして、まずはイスラエルは、パレスチナ人に対するアパルトヘイト「人種隔離政策」を取っているということ。(今回、国際司法裁判所への告発を南アが行ったことの意味、理由と言うのが、こうして考えるとよく分かる。)

 ユダヤ人の中でも必ずしも多数派でもなかったシオニストにより、そしてホロコーストを起こしたヨーロッパが、その罪を償うことを植民地主義的に解決しようとパレスチナ人を犠牲にして建国され、その理想が「ユダヤ人が安心して生存できるためにはユダヤ人だけの国を作る」ということである以上、建国後すぐに民族浄化の動きが始まり、それはずっと続いており、そして国内に残っているパレスチナ人に対してはアパルトヘイト政策を採り続けている国である。それがイスラエルとは何か、についての筆者の答えなわけだな。

話はずれるが、アメリカの原罪について

 アメリカだけが最終的にそれでもイスラエル支持を続けている理由と言うのも、こうして考えると「アメリカの原罪」に触れてしまうからということかなあ。とぼくは考えてしまう。

 ネイティブアメリカンに対してアメリカ建国者たちがやってきたこと、というのは、追い出して、あっちにまとめて住め、こっちにいけと「居住地」を指定しては土地を取り上げていき、最終的にはほぼ絶滅させてしまうという、まあ「植民地主義と民族浄化」をセットで史上最大規模でやったのがアメリカの歴史のスタートだもんな。人種差別問題は「奴隷制から黒人差別」として扱われるけれど、それが生じる前の段階の、ネイティブアメリカンから土地をまあ武力でとだましてとで取り上げての絶滅政策と言うのは、ひどいもんだったわけで。イスラエルのやっていることを批判すると、その原罪の記憶が蘇っちゃうのではないかと思うよな。

話は戻って、「憎しみの連鎖」について

 話はバタフライエフェクトとこの本の関係に戻るけれど、たしかにこの本には繰り返しこういう部分がある。

「憎しみの連鎖」で語ってはいけない。
(中略)2009年9月に始まった第二次インティファーダではハマースだけでなく、パレスチナ自治政府を担うファタハもイスラエル領内に侵入し、自爆攻撃をはじめとする軍事作戦を敢行していました。その当時も「暴力の連鎖」「テロと報復の連鎖」「憎しみの連鎖」といった言葉が、パレスチナとイスラエるを語るときの枕詞であるかのようにメディアで使われていました。
 こうした言葉でパレスチナについて報道するメディアと記者は、問題の根っこにどのような原因があって今の事態が生じているかという、その歴史的経緯を知らないし、調べもしない。他のメディアが使っているから、なんとなくそう言っておけば問題の本質を語っているように見える。あるいは、本当はその経緯を知っているのだけれども、それを隠したい。そのどちらかだと思います。
パレスチナとイスラエルの間で起きていることは「暴力の連鎖」でも「憎しみの連鎖」でもありません。これらの言葉を使うかどうかで、それが信頼できるメディアか、信頼できる人物か、その試金石となります。

本書p150~152

 こう書かれた本を読んだ真面目な人たちが「バタフライエフェクト」を見て「あ、また暴力連鎖、憎しみの連鎖って言った。何回も言った。これは信頼できないメディアだ。けしからん」ってなったのは分かる。分かるけどね。

 でもNHKのドキュメンタリー部門が、バタフライエフェクトのチームやNHKスペシャルのチームが、今回のこと以降、イスラエルとパレスチナについて作った番組は、かなり「どういう経緯があったか」を遡って、きちんと伝えようとしていると思う。NHKについては社内でかなりスタンスが違って、報道部門はいちばん政権忖度、つまりはアメリカ追従的立場が強いと思うのだが、それでもワールドニュースで毎日アルジャジーラのトップニュースは報じ続けているし。ドキュメンタリー部門に関しては、政権やアメリカに批判的な内容のものを勇気を持って作り続けていると思う。

 というわけで、この本も読んでほしいし、バタフライエフェクトも見てほしいのだわな。

バタフライエフェクトという番組に思うこと

 バタフライエフェクトという番組は、なんというか歴史の中に「ドラマ、筋を脚本家がどう作るか」という、そこのところが最大の見どころの番組なのだな。かなり恣意的にひとつの事実や事件にフォーカスを当ててドラマチックに仕立てた歴史ドラマだと思って見た方がよい。

 今回については「ネタニエフの兄がかつてテロ対策特殊部隊の一員として、1976年のハイジャック人質事件解放の中で死んでしまっている」というドラマが目玉だったわけである。


 もう少し、大きな視点でのドラマといえば、今回冒頭と締めは「ダビデとゴリアテ」の話なわけだ。

 それは、つまり、軍事的に圧倒的に強いイスラエル、がゴリアテで、それに抵抗し立ち向かうパレスチナがダビデど世界の人が思うとしても、イスラエル人の意識としては、自分が小さなダビデだ、という自意識、自己認識の問題なのだな。
 ユダヤ人は建国時以来ごく少数で、アラブ人に取り囲まれていてという「生存の恐怖」をベースに持っているために、自分の生存領域を確保し、そこからパレスチナ人を完全に追い出そうという強迫観念に駆り立てられた国家だ。弱者少数者であるという「イスラエルという国と人々の基本的世界の捉え方と強迫観念」をあぶりだそうという番組だったわけだ。それを正しいとか擁護しようとかではなく、そうとでも考えないと、ネタニエフの狂気とも思える戦闘継続の意志、ガザ地区の一般人を殺し続け、生存の最低限の条件を奪い続ける動機を理解できないなあ、そういう「物語」を語る番組だったと思います。

 一般化すると、これ、つまり「加害者被害者」「強者弱者」の認識が、第三者的に外部から見た時と、当時者では大きく食い違う、と言うことなのだな。先日読んだ『死なないための暴力論』でも、権力のヒエラルキーがあるとき、上から下への暴力フォルスとしたから上への抵抗としてのビィオランスは分けて考える抵抗としての暴力「反暴力」は肯定されるべき、という本だったわけだが、権力の上下、力の大小、加害者被害者の認識が、当時者において著しく狂う、という問題なわけだな。

 日本の戦争加害被害問題もそうだと思う。8月15日近辺のNHKドキュメンタリーを見る時に、日本を戦争の「加害者としての番組と被害者としての番組」のバランスを毎年、僕は気にする、ということを以前に書いたが、それも同じことで、自分の国の戦争だと、どうしても「被害者視点」が多くなりがちなんだよな。

 この前のプーチンに対するタッカー・カールソンのインタビューでも、カールソンがツイッターで感想を「プーチンはとにかく傷ついているようだった」と、プーチンの被害者意識・被害者感情に初めて気が付いてびっくりしたようなことを書いていたが、これも一緒だよな。どう考えても侵略者加害者として圧倒的暴力をふるっているのに、当時者の意識として「弱者・被害者」の感情の方が勝っているということ。

 今回のバタフライエフェクトは、イスラエルの、ネタニエフの、そういう自己認識のずれみたいなことを、外部にいる我々はどう考えどう対処したらいいんだろう、という問題提起として受け取るべきだと思うのだよな。


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