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藤井聡太竜王×広瀬章人八段の竜王戦七番勝負 第3局2日目を中継したABEMAの放送内容へのお願いです。急に展開が進み、形勢逆転&神の一手が生まれるかという緊迫場面になったら、進行中の「バラエティ的企画」を中断してでも、局面中継と解説に集中してほしいです。

 竜王戦は名人戦と並ぶ将棋界の最高のタイトルです。

 藤井聡太竜王という稀代の若きスターを得て、将棋界は空前の人気に沸いています。

 状勢がAI評価値が%で示されるという革命も、この将棋ブームに大きく貢献しています。将棋がよく分からない初心者・門外漢でも、中継配信をパッと見るだけでどちらが有利か不利か分かる。

 また、AIが次の候補手と、それが指されたときのAI %評価変化を示すので、「棋士が最善手を選べるか」という形で、これまた初心者でも楽しみやすい、という革命が起きています。

 こうした進化を牽引してきたニコニコ動画とAbemaTVのうち、ニコニコ動画が将棋放送から撤退し、今やAbemaTVが、観る将棋ファンの唯一の頼り、日本の将棋界の盛り上げにきわめて大きな役割を果たしています。「観る将棋ファン」の1人として、AbemaTVには日々感謝しています。

 しかし、「大きなイベントほど、放送内容の質が低下する」という、スポーツ中継にありがちな失敗を、今日の竜王戦ではAbemaTVもしてしまっているなあ、と思ったので、AbemaTVさんには本当に感謝しているのですが、あえて苦言を呈したいと思います。

 大きなイベントほど「将棋初心者も見るだろう」「将棋が分からない視聴者も楽しめる内容を用意しよう」「せっかく用意したいろいろな企画なんだから、企画部分はしっかり放送しよう」というのが、今日は残念ながら裏目に出ました。

 藤井竜王の将棋を見る最大の楽しみは、「神の一手」といえるようなすごい手が出るのではないか、という点にあります。解説の棋士すら思いもよらないようなすごい手。しかし、その一瞬はいつ訪れるか分からない、

 かというと、そんなことはありません。

 解説者が真剣に解説をし、またAIの予測手にも注意を払っていれば、そのような「AIは指し示すが、人間では普通思いつかない手」というのが事前に現れ、それを藤井竜王が本当に選択するのか、という緊迫の画面となります。全く予想ができないわけではありません。(松尾八段との対局ての神の一手「4一銀」が出た時は、まさにこのような状態でAbema解説、藤森先生と及川先生がその瞬間を見事に解説されたわけです。リアルタイムで私も見ていましたが、本当に興奮しました。藤井当時七段が渡辺明棋聖に挑戦したときの自陣に3一銀を打った神の一手の時は、まさに今日と同じように、現地中継の屋敷九段と話をしながら和やかに解説してもらっているときにこの手が指され、「屋敷さん、どこに指されたかわかりますか」と聞き手の方が盤画面を見せながら質問したけれど、まさか自陣に銀とは思わない屋敷さんがしばらく見つけられない、ということが起き、この手がいかにトッププロも予想できない手だったかということが印象づけられる、ということがありました。中継中でも、出演者の対応によっては「神の一手」のすごさが伝わることもあったわけです。)

 また、今日のように藤井竜王が不利な情勢であれば、(将棋の形勢逆転は、それぞれが最善手を選んでいれば評価値はほとんど変化しませんから)、対戦相手、今日で言えば広瀬八段が最善手近辺の手を選ばない、というアクシデントが起きた場合にも大きなドラマは起きます。藤井ファンは、不謹慎ながら、広瀬八段が何かしでかさないか、という期待も持ちつつ見ているわけです。

 今回の将棋では、一日目から広瀬八段が優位を築き、封じ手から二日目の午前中にそのリードを広げるという展開になりました。広瀬八段75%、藤井竜王25%というあたりで止まったまま、広瀬八段が長考。昼食をはさんて数手進んでも、なお広瀬八段が優位をキープしていました。

 ここで現地会場の外にいる八代弥七段との中継と画面は切り替わります。対局内容ではなく、現地の景色だの将棋飯、デザートメニュー当てコンテストだのといった将棋と関係ない話題を交えた話になります。ところどころ八代七段の解説も入りますが、ここで広瀬八段の決定的敗着となった8二角が出てしまい、形勢が一気に逆転します。

 八代七段も解説をしてくれていますが、「最大の見せ場」のところで、将棋内容からそれ以外の情報がいろいろ入って、将棋そのものへの集中力を欠いた放送になった感は否めません。

 これに対しての藤井竜王の7五飛車という次の一手をAIが示し、藤井竜王得意の「飛車切り」の鬼手を指せるか。本来ならスタジオ解説で集中して見たい。映像としては対局者の姿を大きくとらえてほしい。そういう時間に、八代七段のアップがいちばん大きく映り続けるマルチ画面、というのも、視聴者的には大いに不満が募る状況になりました。(この企画をお願いした八代七段への配慮として、屋外中継企画は最後までやり通したい、というような内容に感じられました。)

 二日制のタイトル戦の昼食後しばらくの時間というのは、夕方から夜の終局前の最終山場の前の膠着状態が多いので、この時間にこういう「バラエティ」的企画を持ってきていると思うのです。

 しかし、二日間、息を詰めるように「決定的瞬間」を期待して画面を見続けてきた多くの将棋ファンの期待を大きく裏切る放送内容だったことは否定できません。(もちろん、八代七段には罪はなく、番組ディレクターの責任であることは言うまでもありません。)

  スポーツの中継、例えばサッカーのビッグマッチでも、カメラ台数を増やし、豪華解説を揃えすぎると、スター選手のアップ映像やリプレイが多くなりすぎて、今まさに起きている大事な試合内容・プレーがきちんと放送されないという「逆効果の大失敗」が起きがちです。フォーメーション全体を見渡す広めの絵が減って、何が何だか分からない中継になりがちです。
 また、大物解説者を揃えすぎて、それぞれに実況アナウンサーが気を使って、いわゆる「大物解説者を接待するような」放送内容になって、視聴者には全く最低の放送になることも多いものです。

 気合が入っていろいろな企画を用意するのは良い。しかし、将棋中継の本当に面白いところが、それで台無しになるのでは仕方がない。様々な企画は「膠着して動かない」時間に臨機応変に入れる。もし突如訪れる見せ場が来たら、用意した企画であっても捨てる。「おやつは」とか「昼食のメニューは」などというのは、膠着時間に入れればよく、それをやっていても突如見せ場が来たらすぐやめる。というような臨機応変な対応が望まれます。

 サッカー中継でも、昔は少し前のシュートシーンやファウルシーンのリプレイを流しては、大事な見せ場を放送し損ねるということがままありましたが、最近はリプレイ途中でも、本当のプレーが動き出したらすぐリプレイをやめてライブの映像に切り替えるように優れたディレクターはなっています。

 「将棋ブームで入ってきた初心者将棋ファン」には、「将棋の本当の面白さ」を分かってもらえるようになるのがいちばん大切です。そのためには、どんなすごい手が出るか。その手を藤井竜王が指せるのか。こここそが見どころ勝負どころだということを、分かりやすく解説することが何より大切です。

 将棋の強豪と言っても棋風はそれぞれで、永瀬王座の将棋のように、千日手や持将棋を辞さず、終盤は両者の玉が入玉して駒をどれだけ取ったか勝負になるような、「泥試合にして勝つ」というような初心者的にはあまり面白くないことが多くなる棋士もいます。それはそれで「観る将棋ファン」としては、永瀬さんらしくていいなあ、面白い、と思うわけですが。

 しかし藤井聡太竜王の将棋はそういう泥試合になることはほとんどなく、見るも鮮やかな、芸術的な勝ち方をする確率が高い。若いからとか強いからだけではなく、そういう、少し将棋が分かるレベルの人が見ても、勝ち方がおそろしく鮮やかなことが藤井将棋の魅力です。

 藤井竜王が絶好調なときは、おどろくほどの短手数で相手をなぎ倒してしまうことがままあります。普通なら「まだまったりしているはずの昼下がり」くらいに、最大の見せ場が来ることも少なくない。そんなことは将棋中継を一手に担っているAbemaTVのディレクターであれば、分かり過ぎるほど分かっている筈です。

 せっかくの竜王戦という最高のタイトル戦、藤井竜王という稀代の切れ味を持つ天才の将棋の、歴史的瞬間を、「時間つぶし用に用意した企画」せっかく準備したからと無理やり流し続けることで放送し損ねるというのは、これは番組作りとしていかがなものでしょうか。

 是非とも第四戦からは、「いろいろな企画は用意するが、将棋の最高の見せ場になったら、企画は全部捨ててでも、その瞬間をしっかり伝える」というスタンスで中継をお願いしたいと思います。

※また、これは他の棋士の先生方のスケジュールによるのでしょうが、解説者・聞き手にも、明らかに「腕前の差」があるように感じます。渡辺名人、木村九段、深浦九段、屋敷九段、郷田九段が私の意見としてはベスト5でしょうか。渡辺名人およびベテランでありつつ今もトップ棋士としての棋力を維持しておられる九段の先生がたの、手の見え方も話術も、他の棋士とは解説力に格段の力量差があるように感じられます。藤井竜王の大きなタイトル戦であれば、ぜひともこうした「解説名人」をできるだけキャスティングしていただけるとありがたい。今日の阿部七段の「ちょいと変人」毒舌解説ぶり、長谷部五段の誠実な解説、普段の放送であれば何の不満もない素晴らしいものでしたが、竜王戦タイトル戦藤井竜王の将棋であれば、そこのところもお願いしたく。これはあくまでわがままな希望ですが。

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