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『言語の七番目の機能 』ローラン・ビネ (著)  言葉は、哲学者や文学者は、政治家にとってものすごく大事な存在なのである。フランスでは。日本では人文学者、迫害されるこの時期に、読みました。

『言語の七番目の機能 』(海外文学セレクション) (日本語) 単行本 – 2020/9/24 ローラン・ビネ (著), 高橋 啓 (翻訳)

Amazon内容紹介
「ロラン・バルトを殺したのは誰か
本屋大賞翻訳部門第1位『HHhH』の
著者による驚愕の記号学的ミステリ。
登場人物は、フーコー、エーコ、デリダ、アルチュセール、クリステヴァ等々
綺羅星のごとき実在の人物たちばかり。
「エーコ+『ファイト・クラブ』を書きたかった」-L・ビネ
アンテラリエ賞・Fnac小説大賞受賞」

ここから僕の感想。

いやもう、超エンターテイメントでした。面白かったーー。
この人の一作目。「HHhH」は、チェコスロバキアでのナチス幹部暗殺の戦争史実を追いかける感動的かつ、実験的な傑作だったのですが。


 二作目本作は、本人曰く〈「エーコ」+「ファイト・クラブ」を書きたかった。〉 エコノミスト誌評〈書棚のウンベルト・エーコとダン・ブラウンの間に収めるべし〉という通りの、「ハリウッド大作映画、知的ミステリーなんだけれどアクション大作で海外ロケ満載」という、「ダヴィンチコード」みたいな映画の原作にしたかったのね。という本でした。

 ロラン・バルトが1980年に交通事故死したのは史実なのですが、その後の1981年の大統領選(ジスカールデスタンをミッテランが破る)あたりの事実と実在人物を使って、奇想天外な一大エンターテイメントを作り上げています。

 フランスを中心とする当時の現代思想のスターたち、バルト、フーコー、デリダ、クリスティヴァらの著作は、学生時代に買って何冊ずつか持っているけれど、「読んだ」とはなかなか言えない。「わかった」とは全く言えない。そういう人たちの、人となりや交友関係(あるいは対立関係)についてはほとんど知識がなかったので、例によって、ググっては画像で人となりをチェックして、Wikipedia先生に、さらっとおよそのことを教えてもらいながら読み進めました。(もちろん、思想内容なんかはわからなくても、読むのに支障はないのだけれど、外見やら、スキャンダルやらの基礎知識はあったほうが、イメージがはっきりしやすいから。)

 そう、とにかくフランスの現代思想が、フランス人にとっても、とんでもなく難しくてわかりにくい文章で書かれていることが、冒頭部分で揶揄されています。大学時代の僕が『零度のエクリチュール』とか読んで、全然分からーん、となったのも、僕のせいではないのである。

 フランスの政治と政治家についてもよく分からなかったので、ジスカールデスタンについてもミッテランについてもウィキ先生に教えてもらいました。そうそう、例のジャック・アタリさんも、ミッテランの側近取り巻きの若い学者ブレーンとして登場しています。

 ミステリーですからネタバレ禁止なので、あまり細かいことは書きませんが、アメリカで大統領選が佳境で、候補者の討論会が話題になるこのタイミングに読むということ。日本で菅政権が学者さんたち、とくに人文系の学者さんを役立たずの穀潰しとして弾圧迫害しようとしている今、「ああ、フランスでは、哲学者たちというのは、言葉の力と言うのは、これくらい政治家から見ても大事だと思われているんだよなあ」ということを認識するという意味でも、今、読む意味は大きい小説でした。

 と真面目なことを書きましたが、とにかく、ハリウッドエンターテイメントに必要な要素、対照的な個性の「バディ・相棒」の活躍、派手なアクション、セックスシーン、世界各地の名所観光地めぐり、全部、てんこもりのエンターテイメントです。そうそう、日本人も、ちゃんと登場して活躍します。1980年ころは、まだ中国人ではなく、パリやイタリアの欧州観光名所は「日本人観光客」だらけの時代ですから。フランスの小説には、日本人が、けっこうよく出てきますよね。

 と、エンターテイメントな側面をいっぱい書きましたが、主人公が何度も「これは現実なのか、それとも自分は小説の登場人物なのか。ここは現実なのか。小説の中なのか。小説の中なら」みたいなことを考える、こういうメタ小説的な意識が小説内に侵入してくるのは、前作から続いての、この作家の特徴で、それもまたきわめて現代的で、面白いです。


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