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人の心理。「少し先の未来に成長の予感がある」という幸福感。


お悩み相談シリーズ

〜仕事つらい編〜


「つらい気持ちの時、どうしていますか?」

今回の相談は「仕事に関して」でした。



「がんばっても評価が低い」など、自覚できている原因もありつつ、そのほかにもいろいろな思いが混濁してしまい、気持ちの立て直しをするにも漠然として落ち込みが強く、なかなかあがれない、ということでした。


仕事でもそうでなくても、つらい気持ちの時、何につらくなっているのかを明確にすることがまず解放の一歩だと思っています。

漠然としているつらさや、心が重くなる感覚だけにとらわれないように、自分の気持ちをよくよく観察するようにします。


つらい、という気持ちをもう少し具体的に解明してみると、そこには自分自身や自分の人生に価値を感じられない時だと思うのです。


頭ではそんなこと思っていなくて、前向きな気持ちで立て直そうとばんがるところもあると思うのですが、心の奥のほうで自分や自分の人生に対して「先に進める感」が薄まってしまった時に、「つらい」という漠然とした翳りが生まれてしまうのだと思います。


その漠然とした暗さが、将来の不安へと結びついたり、現在行なっていることへの疑問や葛藤になったり、自分には能力がないような気持ちへとつながり、無気力感が起こってくるのだと思います。




すこし、関係ある範囲で脱線させていただきます。


心の事として、人はどんな時に幸福を感じられるか、というところなんですが、


「(自分ないしは自分の人生は)成長している」

「(自分ないしは自分の人生は)よくなっている」


という感覚が得られる時、幸福感が高まり安定した気持ちでいられいます。



これをもう少し解明すると、

「少し先の未来によりよい変化を感じている時」

と言えるのだと思います。


比較してみるとわかりやすいと思いますが、

「少し先の未来によりよい変化が感じられない」

これだとなんだか元気がなくなってきますよね。


では、

ものすごく遠い先は最高に良い未来がある」

これだとどうでしょう。


未来を考えると悪くないけれど、今現在の自分の人生に対する幸福感には直結しないと思います。

遠い先でも「良い」ならば、今もよしとしようよ、と言えなくもないのですが、感情や感覚は「今」に起きているもので、「今感じられる」ことが生身の人間にはとても大事。


ここがまた人間らしさなのですが、

「少し先の未来に成長の予感がある」

「少し先の未来に良い変化の予感がある」

その実感が、人の心の幸福の要素だと思います。



「今、まずまず良い」ということも大事のなのですが、「良い」であってもそれを更新していくような「未来への動き」に幸福を感じる心の性質があります。


とても大げさな比較で言うと、

「今日最高にすごくいい!

けれど、明日ひどく落ちこむことが起きると決定している。」

こういった予感がある場合、今の良さよりも先のことへの予感や恐れで幸福を感じる気持ちは萎えてしまうでしょう。ちょっと大げさですがね(笑)。


人間の精神というのは「よくなりたい」という基本的な要望があり、それはいわゆる欲からおこるものではなく、良い悪いのお話でもなく、そういう設計でできているとも言えます。

人は自分の成長に喜び、他者の成長や幸福に貢献できることに大きな喜びを感じます。

こういった心の基本設計により、「現在の安定」もそれを得た時には幸福を感じても、同じ状態が長く続くと変化したくなります。

現実を生きる私たちにとって、
「遠い先の幸福」でも「今限定の幸福」でもなく、

「私はもっといけるかもしれない」

「先によりよいものがありそう」


という希望、現代的な言い方をすると「ワクワクして」胸が踊ったり心が開いていく感触に幸福を感じます。


そういった感性があるからこそ、変化する物質現象を受け入れていくことも可能なのだと思います。


ヨーガの精神性が大事にする「今この瞬間に在ることの幸福」「存在していることの幸福」という境地と、実際、生身の肉体と感覚を持ってご飯を食べて生きている人間の「心」が感じる「少し先の未来に希望を持てること」という幸福感

これらをどっちかに絞ることは私は難しいなと思うし、しなくていいのではないかと思っています。


「今に満足、先のことはいい」と、すっぱり生きていけるなら、それはそれである意味で離欲した境地だと思います。そこに疑いがないところまでいけたなら、それはその人の体得した幸福感だと思います。

 
しかし実際、

「この先の人生と自分に、よりよいものを感じる」

という幸福感が人間にはある

それも認めていいのではないかと思っています。


そして結局のところ、未来に希望を託しているのも「今」だし、「幸福感」を感じているのも「今」なので、今の連続を紡いでいるのには変わりありません。

未来に発展と希望を感じることで、今、幸福を感じられるなら、そうであることを否定しなくていいと思っています。


というわけで

近い未来における成長、良い変化の予感

これが、肉体を持って社会的な生活を送る人間には必要だと感じます。




話を戻します。


「つらい気持ちの時、どうしていますか?」


相談者さんのくださった内容に沿って、主に「仕事」についてのこととしますと。

私ならまず、「現在の自分」の救済に取り掛かります。


まず「狭くなりそうな視野」を開くために、ヨーガの経典・聖典にはなんて書いてあるかな、ということを見ます。

なんと言っても「つらい」と感じている時というのは、自分の思考が狭まっていること自体がつらいんですよね。

ですので自分だけの思考で打破しようと思わずに、「教え」を紐解き、自分では思いつかないような知恵に思考の固定化を打ち砕いてもらいます。


そして「近い未来に成長できる兆し」を感じられるようにします。


この「成長」っていうものは、具体的になんだろう、と思うと、ひとつ言えるのは「自立」だと思っています。(心の自立でもあり物理的な自立でもあり。)


暗い気持ちやつらい気持ちになるのは、そうなってしまった「原因」らしきものに心を支配され、自ら依存してしまっていたことの現れだと思うのですね。

例えば、まじめに一生懸命仕事してても自分の評価が悪かった、または明らかに公正な評価基準がない中で低いほうにジャッジされた、などで落ち込むのは、その仕事なり状況に自分が依存している証拠で、支配されている意識があるために起こることでもあります。(大なり小なり。)

ここの仕事を失ってしまったらやっていけない、というような「予感」が立ち上がり、気持ちを暗くさせます。生活があるのでそれはもう、当たり前に起こる気持ちだとは思います。

少し先に未来にかげりが見える感じですね。

これがつらいのです。


しかし、「依存している自分」に気づくチャンスだとも思います。


人生のプランB


明るさと自信、前向きさを取り戻すために、

試しに人生の「プランB」を考えてみるのがいいと思います。


現在のあり方が、実行中のAだとすると、可能性のBを考えます。


生きていると何かしらのことを「頼り」にしないといけない必要性はあります。


仕事にしても雇い主や仕事をお願いしてくれる存在があるからこそ成り立ちます。

が、それが依存になりすぎないように、今の状況とか環境だけに精神的にも物理的にも依存しすぎないでいられるようなフットワーク先を考えてみるといいと思います。

ひとつのことに依存していない自分の人生を考えてみるかんじです。

離職とか転職とか、勇気のいることを今すぐ事を起こせという意味ではなく、

さて私は本来なにがしたいんだっけ?

と、一回リラックスして考えてみるといいと思います。

そしてね、思いつくものでいいので、何か小さなことでもいいので、

「少し先の未来に自分の成長や変化を予感できるナニカ」

を実行してみます。

なんでもいいんです。

日課にウォーキングを取り入れる、とか

単発の料理教室に行く予定を入れる、とか

何か興味を持てる事の勉強をはじめる、とか

やってみたかった事、挑戦してみたかった事に一歩踏み出す、とか

もうなんでも。

「少し先」で「ちょっと成長できそう」という要件を備えた何かを設けてみてください。




まあお茶でも。


とはいえ、そういったことを「考える」にしても、考えるためのエネルギーが必要ですよね。

とりあえず今、ニュートラルな自分を思い出し、普通レベルの元気さを取り戻さないと。


ですので、ちょっと元気を出すために、物理的な作用で元気を取り戻すのがいいと思います。


これももうなんでもいいです(笑)なんでもいい、ばっかりですね。

映画を観に行くでもいいし、ヨガしにいくでもいいし、ジムに行くでもいいし、話せる友達に会うなんてのは最高だし、休みをとるのもいいと思います。


そして、

大丈夫。
ひとりじゃない。

そう思ってほしいです。

自分でなんとかしないといけないことを背負ってみんな生きてますが、でも一人じゃないです。


一人ぼっち感を払拭するために、ヨーガのグル(師)の言葉をお届けします。


「今あなたが働いている環境が、必ずしも最良だとは言えないかもしれない。

やがてあなたの好みと気質にあったよりふさわしい仕事が見つかるだろう。
けれどもそれまでは、今あなたがいるところで働き、ヨーギーでありなさい。

カルマヨーギーとしてあなたはそこで奉仕する。より良い仕事が見つかるまでは、今の職場を離れないこと。


今すぐ何かが見つからないとしても、行き詰まっている訳ではない。

行き詰まっていると考えるのはヨーガ的ではない。

ある意味でそうした場所で働いていることが、あなたを精神的により強くしてくれる。

そうした雰囲気の中で生活しながら自分の信念に従うことは容易ではない。

しかしもしそれができたなら、あなたはよりすぐれたヨーギーである。」

スワミサッチダーナンダ



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


最後に、

現在の「現状変わらず」の環境でも、折れずに、明るく仕事をするための心のお守りとして、その場にいる人を笑わせてみてください。


その日会う人を優しい楽しい気分になってもらえるように、心を柔らかく仕事に臨んでみてほしい、と思います。

「優しさ」は人に与えた時に自分のパワーになります。

「笑顔」は人に向けた時に自分のパワーになります。

そして誰かが自分に向けてくれる笑顔は、神様がその人を通じて自分に贈ってくれた「歩き続けるための光」です。

ひとりじゃないので、またこういった話もしていきましょう、と言いたいです。


このテーマと同じようなお悩みを持っている方に少しでも届けばいいなと思います。私も成長すればもっとうまうこと言えるようになってくると思うので、がんばります。


仕事って。
生活に関わるし、個人レベルでは動かせないことも多く、いろいろ複合的なお悩みになりやすい難しい部分もあるのですが、今私に言えることをお話してみました。

長文、読んでくださりありがとうございます。


EMIRI

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