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宇宙開発における技術の芸術に思うところ

「宇宙開発をする前に、直近の地球の問題を解決するためにお金を使うべきではないでしょうか?」

私は人類の発展のために、この質問には「そんなことはない!」と答えたい意見を持っています。ただ、ある意味この問は正論であるので、なかなか反論が難しいものがあります。いや、そもそも文面に対する反論よりも、この問が発せられる前提条件をしっかり議論した方が良いかもしれません。

私は、イーロン・マスク氏が言うような経済からの1%を振り分ける人類の開拓や、落合陽一氏が言うような絵に描いた餅の絵を如何に上手く書くか?という宇宙探査/開発と、低軌道に代表されるKPIがより具体的に設定できる宇宙開発とは、「コストと貢献度の考え方」を明確に分けるべきと考えてます。

例えば、科学の基礎研究や、数学理論、芸術、なんて、将来どう役に立つか分からないじゃないですか。アインシュタインはGPSを開発するために一般相対性理論を導いたわけではないですよね。芸術にコストをかけるな!なんていう意見は滑稽でしょう?そしてファイナンシャルプランナーとしては、目的が異なるので予算を分けたいところです。

一般的に、基礎研究と応用研究から成り立つ「技術開発」には、「コストと具体的な貢献」が求められます。しかし、最先端の技術を集結させて挑む宇宙探査や開発は、技術開発であっても基礎研究や芸術と同じような扱いをされるべきでは?便宜上、宇宙探査も含めて宇宙芸術開発とでも表現しましょうか。

一方、低軌道における民間企業を呼び込む宇宙開発は、通常の考え方が当てはまるのではないでしょうか。

ところで、宇宙芸術はそれでアート×宇宙の表現をするようで。他に良い言葉が見当たらないので、ひとまずこの記事での宇宙芸術に「開発」を付加して、「基礎研究や芸術と同じような扱いをされるべき、技術による探求を行う宇宙開発」ということにしてください。宇宙というカンバスに描く技術の芸術です。

イーロン・マスクの火星移住計画は宇宙芸術開発、既に実用的なスターリンク計画は宇宙開発であると思いますし、おそらく彼は経営者として、それぞれ異なる視点でそれらのプロジェクトを見つめているかと思います。

宇宙芸術開発が道を切り開き、宇宙開発が行われる。

宇宙芸術開発から宇宙開発に至るまでのロードマップをしっかりと描くことが、「宇宙開発にコストをかけすぎるな」という議論に大きく貢献できるのではと考えてます。

月面探査、月面開発、有人宇宙飛行。
宇宙芸術開発なのに宇宙開発ベースで議論してると噛み合わないのでは?

宇宙芸術開発から宇宙開発と呼ぶに至るロードマップは明確か?それはどんなもの?

まだまだ思考を巡らせる必要がありそうです。

ところで今回は、宇宙芸術開発←→宇宙開発の1軸で、ある技術開発テーマの位置付けを考えていましたが、なんとなく、この評価軸にはもう一つの縦軸になる2軸目が存在するような気がしてます。それは何なのか?も、視点を変えた思考をし続ける必要がありそうです。政治かなぁ。コンビビアリティな技術・思想であるか、かな?特に宇宙芸術開発について、その意義が芸術的なものだけでは弱い気がします。これを補完するような2軸目が必要では?という観点で思考してみました。

大航海時代---15世紀から始まった新大陸の発見につながるこの時代では、様々な思惑が大航海への原動力となっていました。その一つが宗教改革です。当時の世界情勢に密接に絡んでいたからこそ、権力への渇望と社会変革が原動力となり、大きな発見につながっていきました。2軸目はこういった内容なのかもしれません。
宇宙芸術開発---この芸術には、一国では支えきれない多大なコストがかかります。この芸術を実現するために、各国が協力し、分担し、実現させていくスキームがあります。この実現によって、「富の一極集中」が課題となっている現代の資本主義に一石を投じることができるのではないでしょうか?2軸目は、「どれだけ各国が協力しあって実現しているのか」という評価基準かもしれません。大航海時代になぞらえるのであれば、資本主義への変革を、宇宙芸術開発から世界に示すことができれば、その意義も深まりそうです。

まだまだ思考は続きます。。。



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