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【散文詩】ひつじ

僕にはちいさな子がいる。

いるというかくっついているというか右側に佇んでいる。
その子は、ちょうど僕の肘のあたりに頭がくるくらいの大きさ。ずっと変わらない。

歳はわからない。僕が子どものときからずっといて、家族はみな同じような子を見かけたことがあると言っていたので、もしかして座敷童?と思っていたけど、僕が家を出ることにしたらそのままついてきたらしい。

家にいるときは、たまに階段を上り下りする音が聞こえていた。でもそれから階段のある部屋には住まなかったので、長いこと小さな足音は聞いていない。

足音がしないのにどうしてわかるかというと、たまに気配がするから。そっと右手が引っ張られるときもある。ね。座敷童みたいでしょ。本物を知らないけど。残念だけど遠野には行ったことがないんだ。

その子はいつも静かにしている。なにかを邪魔することもない。動物や草や空や花が好きで、いろんなものを見ると喜んでいるように思うけど、特に話しかけてはこない。

でも、この前、ふとその子が口ずさんだ。


『わたし、お母さんになりたいんだ』


なぜだか僕には、その子がなりたいお母さんのことがとてもよくわかった。そして、もし願いが叶うなら、その子は望みどおりのお母さんになるだろうことも。


その子には形がない。影も持たない。

だからといってそんなささやかな願いに気付かないふりをするのはよくない。


『ごめんね。願いをかなえてあげれなくて』


僕は、暗闇の中、すぐそばにあるこひつじのぬいぐるみを右胸に抱いてその子にわたす。


穏やかな気持ちがして、そして、再び眠りにつく


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