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甘えられなかった私と甘えてもらいたかった亡き母③

先日からの続きです

私の『甘えられない』心の癖は

小さなころの母との出来事にあり

本当は『甘えたかった』私と

その後の母も『甘えてもらいたかった』想いに気づいた記事

母も同じだった


そして、

お母さんもきっと甘え下手だった

お婆ちゃんに甘えたたかったけど

甘えられなかったんだよね、お母さん

聞かされてきた祖母との思い出や

節々の言葉を思い出すと

母も同じ思いを抱えていたことを思い出しました

『思いは伝承される』

私がそれを断ち切ります

娘にも同じ想いをさせている


そして、さらに、

私も娘に『私に必要以上に甘えるな』

というオーラで接してきたんだと気づいたのです

大きくなった娘に

心底よしよしとギューッとできないのは

私が封印してきた禁忌の想いだったから

友達のようにじゃれ合う母子をうらやましいと思いながらも

そうできなかったのは

『自分が甘えることを許していなかったから』

だからそれを娘にまで押し付けていたのです


瞑想中、娘にもごめんなさいと伝えました

そして、これからは本当の意味で甘えさせよう

と決めました


長い長い時を越え、

固い呪縛から放たれました

私は人に甘えて良い人間だ

やっとここまでこれました

ありがとう


そして、さらにさらに

甘えてくる旦那さんに対しもやもやしていたのは、、、

うらやましかったんだね、私

『本当は私が甘えたいのに先に甘えられたら出来ない!』

『あなたしか甘える人いないのに!』


ただ単に男らしくないとかの問題じゃなかった、、、

上手に甘えられる人が

ずっとうらやましかったんだね

そうなりたかったんだね

子供を産む前はもう少し甘えられたのに

『母になることで強く立ち上がった小さき頃の心』


中性的な男性がにくたらしい

中性的な男性がとてつもなく嫌なのも

『こいつはどうせ誰かに甘えるのだろう』

と深い場所にある意識が働き

意味もなく憎たらしく感じたのだと思いました


負の感情というものは凄い勢いで連鎖して

根本に気づけなくなるものですね

一つ一つ紐解いてきたヨガの旅

なんだか小さな終着点に辿り着いた感覚です


次はどの終着駅につくでしょうか

旅はまだまだ続きます

生きている限り☆

お読みいただき、ありがとうございます




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