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ブラック企業から転職したらブラック企業だったけど、割と楽しい#2

さい‐のう【才能】
物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。「音楽の才能に恵まれる」「才能を伸ばす」「豊かな才能がある」「才能教育」
[類語]能力・力量・能・才・才覚・文才・才気・手筋・手際・手腕・手並み・腕前・技量

デジタル大辞泉 / 松村明監修 小学館

私は地方の県庁所在地で育った。とびぬけた特産品もなく、著名人がいるわけでもなく。おこがましくて決して都会とは言えないが、田舎だと言えば自分の方がもっと田舎出身だと頼んでもいないマウントを取りに来られる始末。夕日が綺麗なのと風が強い日が多いことは気に入っているが、あくまで個人の意見です。だから私のように進学と同時に都会に出て、そのままそこで仕事を見つけて定住することもさして珍しいケースでもない。東京に出たからと言って特に優秀だとか噂されることもなく、また実際特に優秀な成績を残すこともなく卒業し、何となく社会人になったどこにでもいる普通の大人。それが私。

の、はずだった。

だが私には才能があった。他人が一切持ちえないとまでは言わないが、学生時代にアルバイトをしていた10人の仲間の中では飛び抜けていた。同期で入社した100人の中でも頭一つ抜けていた。最初に配属された1000人の組織の中でも特異な存在として扱われた。

自覚のないその才能によって私は特に苦も無く社会が求める基準をクリアすることができ、また一目置かれる存在となった(正確にはまだこのころ自分に何か才能があるなどとは考えたこともなかったので「なってしまった」が正しい)。最近流行りの創作のように、うっかり異世界に転生した結果自分だけが持つ(持たされる)チート能力に気付き、それを使って無双するかのような展開。残念ながら数多の美女にチヤホヤされることはなかったが、仕事で付き合うオジサンたちからはチヤホヤされた。

厳しい叱責や怒号、時には空き缶やら受話器やらが方々に飛び交う現場において、何を投げつけられても殊勝に努力する若者は貴重だったのかもしれない。耐えかねて体調を崩しかけた後もちゃんと復帰して、どんな性質の仕事においても強みを発揮しようとする姿勢はさながら今日日姿を消したスポ魂のようなもので、圧力をかける側もやりがいを感じたことだろう。良く思わない人も多くいたと思うが、着実に仲間を増やしスキルを磨き、実績や表彰を積み上げていった。7年経つ頃には10000人の全社員の中において評判の社員になっていた。

そんな私だが転職することにした。
どうあれ客観的に職場環境が良くないということもあったが、もう少しレベルアップしたかったのだ。健全な人間関係の中で自分の能力を試したかった。さらなるスリルを欲していたという表現が近いだろうか。
今思い返せばということも多分にあるだろうが、私の経歴はそんな感じだ。
幸い実績もあったので履歴書に書く内容も困らなかった。転職エージェントを名乗る太った男にとっては上客だったのだろう。終始ニコニコ笑いながら応援してくれた。

まだこのとき自分の才能には気づいていない。
私の唯一無二の才能。それは無類の超ポジティブシンカーである。


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