結う

1984年生まれ、母子家庭育ち、2015年結婚、2016年出産、夫と娘の3人暮らし…

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1984年生まれ、母子家庭育ち、2015年結婚、2016年出産、夫と娘の3人暮らし…

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片親で育ち成人した後、思うこと

子どもは、2人いないと出来ない。 離婚は、子どもにとっては「足りない」を常に感じさせる。 私は、子どもが出来たら離婚しないと決めてた。 今の夫は別れる理由が見つからない。ずっと一緒にいたい。だから、子どもを作った。 子どもがいる夫婦が別れを選択するとき、子どもがどんな気持ちになるのか想像してほしい。 ここ数ヶ月、シングルで子ども2人を育てている母親のブログを読んでいる。とても勉強熱心な方で、綴る文章が面白い。 けれども、彼女が子どもとの生活を綴る文章は、私には苦

    • よその子を無料で預かるのは出来ない

      高学年の小学生のお子さんがいる、会社の先輩ママMさんの話を聞いて感じたこと。 Mさんのお子さんが保育園児の時、同じ保育園に通うご近所のママTさんがいた。Tさんは第二子妊娠中で体調不良の時は、MさんがTさんの子どもを保育園へ迎えに行き、預かって夕飯まで食べさせた話を聞いて、驚いた。 Mさんには子ども2人がいるので、Tさんの子どもを合わせると、子ども合計3人!!! Mさんは、ご主人がブラック企業に勤めていて、ワンオペ育児。仕事後のくたくたの身で、大人1人に子ども3人って、私

      • あなたが思うより順調です

        私は個人名を晒すSNSはしてない。 他人の幸せに興味がないし、知りたくないから。 昨年第二子を出産したBは、SNSが大好き。 幸せアピールのためにSNSを色々とやってるみたい。そんなBから久しぶりに平日の13時過ぎにラインが来た。無論、私は仕事だったので、夕方、子どものお迎え前、30分の買い物中に片手間で返信した。 Bは、4月から第二子が保育園に入園したが、翌日に子が発熱して休みがち。来週から保育士の仕事復帰。カオスな日々だけど、GWは会える?かと、こちらの近況を伺っ

        • 子どものことばかりの自分がいやになる

          自分のnoteを見返すと、子どものことばかり。 スマホの写真やカレンダーも子どもばかり。 子どものこと以外、ネタがないみたい。日々、子どもを安全に生活させるために必死。根底には、子どもを守りたい、それだけ。今の私は、子どもを中心に生きてるのかな。 noteを始めたきっかけは、子どもがいなかった頃の自分のように、自分と向き合いたかったから。noteには自分のことを書きたかった。 書いてみると、子どものことばかり。育児ブログのようなnoteになりそうで。今年に入ってからあ

        片親で育ち成人した後、思うこと

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          惨めな子ども時代を経て親になった私は、我が子が羨ましい

          今年になってからは、笑って過ごす日々が多い。 家庭も仕事も穏やかに回っている。娘もめちゃくちゃ元気! そんな時、ふと、我が子の娘が羨ましく思う。 私は子ども時代、あんまり恵まれてなかったと思う。常に惨め、劣等感を感じていた。両親揃って暮らしている家庭の友人が、羨ましかった。父親という単語を躊躇わず会話で使用している友人が、羨ましかった。 もちろん両親揃っているから幸せとは限らないけれど、表面上は欠けているものがないので、私には幸せに見えた。 いま私の娘は、私がかつて

          惨めな子ども時代を経て親になった私は、我が子が羨ましい

          年賀状とお土産はいらない

          今年は喪中なので、こないと思うけど。親しくない人にはお知らせしてないので来るかな? 年賀状を欲しくないので、元旦に着くようになんか書かない。丁寧な年賀状をくれた人には、返すけど。子どもの写真だけ、どんと印刷されてコメントもない年賀状には返さない。 そのきっかけは、就職と同時に、物でいっぱいの実家を出たこと。1Rの一人暮らしの部屋には極力物を置きたくなく、必要最低限の物で暮らしていた。そしたら、太っていた自分はどんどん痩せた。物も自分の体重も、増えることに恐怖を感じた。管理

          年賀状とお土産はいらない

          母子家庭育ちのわたしのこと1

          私は物心ついた時から母と二人暮らしだった。 私の母は、九州出身の4人兄姉の末っ子。14歳の時に洪水で母親(私の祖母)を亡くした。中学卒業後に知り合いを頼りに上京して、いくつかの職を転々とした。 私が4歳の時から市営の団地に母娘で住んでいた。当時、母は、建設系大企業で派遣の事務員をしていた。勉強嫌いの母は、車の免許を取り損ねて、唯一取れた原付を普段の足にしていた。子どもの頃、母が運転する原付によく二人乗りしていた。 父は年に数回、お菓子を沢山買って会いに来てくれた。 お

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          もう誰かと繋がるのは億劫

          結婚してから、積極的に自分から連絡先を聞かなくなった。 週末に家族以外と過ごしたいとも、あまり思わない。他人に関心を持てない。 夫さえいてくれれば、満たされている。 そこに娘も加わり、もう充分。 私の人生、お腹いっぱい。 平日は仕事の傍ら、家庭を回して日が終わる。 週末は、家族の洗濯と掃除と買い出しを夫と分担して、食事を楽しむ。 独身の時は、金曜の夜から週末を誰とどう過ごすか、とても悩ましかった。なんの予定もない日が数週間続くと、誰にも必要とされてないことが惨じ

          もう誰かと繋がるのは億劫

          おしつけあい

          寝顔を見ると、ほっとする。 子どものお世話が始まったときから知った、この安堵。 寝てくれると、可愛い。 そして、お世話から離れられるから、ほっとする。 昼間は、保育園に押し付けて。 夜は夫婦で、娘の世話を押し付け合ってる。夫が在宅勤務になってからは、私が夫を頼ってしまいがち。 今週は、娘の体調不良で、みんな疲れてた。 そして今日の夜、娘の世話を押し付け合ってたら、寝かしつけが遅くなり、嫌悪な空気が漂ってる。 夫と私の間には眠る娘。ごめんね。 眠る娘の小さな体

          おしつけあい

          創価学会だった母の顛末

          私の母は今年5月に癌で亡くなった。 物心ついたときから、母と2人だけの家には小さな仏壇があった。 毎朝、母は数珠を手にして、ごにょごにょと何か言って拝んでいた。 そして時折、夜に座談会という、おばさんや子どもの集まりに連れていかれた。若い女の人がわざわざ家にきて、私や母の様子を見にくることもあった。よく分からなかったが、みんな親切で、少々お節介な人たちの印象がある。 小学生のとき、クラスの子でも、母と同じことをしてる家庭があることを知った。 中学生になると、Cの家に

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          アレクサ…

          Amazonの、話しかけて、ネット検索したり、タイマーしたりする家電。そう、このイラストのように娘がときどき話しかけてる。 昨年、システムエンジニアの夫が導入。 夫は、時々凡ミスをする。 Amazonで発注。平日夜の荷物の受け取りは、コンビニ受け取りを利用することが多い我が家。夫が仕事帰りに、近所のローソンで受け取りしようとしたら、なんと!自転車で30分かかるローソンに指定していた。どーしても即日アレクサを手に入れたかった夫は、雨の真夜中に往復1時間かけて取りに行った。

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          距離を置きたい友人

          ソーシャルディスタンス コロナのおかげで、当たり前になってよかった。 会いたくない人、気が向かないお誘いから、離れるとき理由にできる。 そんな、いま会いたくない友人がいる。 高校の時に出逢ったAは、スレンダーな美人だ。 母子家庭育ちの私から見ると、父親が大企業に勤めて、センスよい物を身につけるAは、羨ましいことばかりだった。 家庭環境の良さを見せつけることもなく、性格も朗らかで優しく、高校時代は1番の親友だった。 Aと距離が空き始めたのは、お互いに大学生になり、

          距離を置きたい友人

          お金あげるから子育てしてと言われても、断って、自分が働いて保育園に預けたい

          母と子の素敵な絵なのに、こんなこと書いてごめんなさい。 産後4ヶ月頃、髪を切りたくて、いつもなら美容院へ行くのに、遠慮して自宅から徒歩15分で行ける1000円カットへ。 これが、子どもと初めて離れて、一人で外出したとき。 心と肩が身軽な自分にそわそわした。体は生憎、毎日の授乳と産後の骨盤がガタガタで不具合中だった。でも、子どもを抱いていなくてよい腕と肩は手持ち無沙汰になった。 出産のたった一年前、当たり前の時間の使い方が子どもを産んだ途端、躊躇するようになった。こうな

          お金あげるから子育てしてと言われても、断って、自分が働いて保育園に預けたい

          今日は苛立ちせず過ごせた

          娘を怒ったり、苛立ちを当てつけたり この4年弱で何回したのだろう… 初めて娘に苛立ちをぶつけたのは、生後10日頃。夫が出勤して、洗濯物を干すために抱っこしていた娘を布団に下ろした。娘、ぎゃん泣き。 寝不足の頭に、娘の日に日に大きくなる泣き声。 まだ寝返りも打てず仰向けで泣き続ける娘に覆いかぶさるように、「うるさい」と怒鳴った。 スッキリした でもほんの数秒後に、最低な気持ちが漂う。 この出来事、夫にも誰にも言えてない。 優しくありたいのに、優しくできない。

          今日は苛立ちせず過ごせた

          大きくなったら何になるの

          9月に娘が誕生日を迎え、 「大きくなったらエルサになる!」と言っていた。 将来を、夢を語れるようになったかぁと感慨深かった。 10月は夫が37回目の誕生日で、娘が盛大にハッピーバースデートゥーユーを歌ってくれた。 そして、娘が夫に向かって 「大きくなったら何になるの?」と質問した。 夫も私も少しの間、何も答えられなかった。 夫と顔を見合わせて、苦笑い。 この質問、私たちには悲しい問いかけに聞こえた。 夫は暫くして、 「お父さんはこれ以上大きくなったら、ただ

          大きくなったら何になるの

          夜の虹

          娘はとてもとても可愛い。 毎日愛してる。 でも時々苛立つこともある。 最近、娘は虹をよく見つける。 私は仕事終わりに娘を保育園までお迎え。 自転車で家路を急ぐ中、 煌々と光る街灯を指差して 「お母さん、夜の虹」 見上げて目を凝らしてみると私にも見えた。 「よく見つけたね」と言うと満足気な娘。 娘と居なかったら、気づかなかった景色。 毎日、愛してるよ。

          夜の虹