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2024年3月 男鹿半島旅2

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 男鹿真山伝承館をあとにし、なまはげの落とし物をリュックに結びながら、山のほうへと向かって歩く。そうしたらいつの間にか神社の前へ。真山(しんざん)神社。本殿はこの奥にある真山にあり、ここでは拝殿にて手を合わせる。そうして帰りに社務所に立ち寄り、伝承館で尋ねた御神酒を発見。と、奥から巫女さんが出てこられる。本来だったら旅の初日から荷物になる酒なんて買わないのだけれど、この神社でしか販売していないとのことなので300ml瓶を購入。聞けば、真山の湧き水と氏子収穫のあきたこまちを使用したお酒で、福禄寿酒造で醸造されたとのこと(まだ飲んでないけど、なかなか本格的)。っと、同じ信仰施設なので、気に掛かっていたあのことを尋ねてみる。「おそらく神社とは関係ない施設なので、分からないかもしれないんですけれど、ここまでの道中気になるものを見かけまして……」と、前回通りがかった地蔵と沢山のお椀の写真をお見せする。
「耳どっこ、ですかね」
 耳どっこ。やはり不可解なあの物体は耳を模していたか。近くにある里山カフェの店主なら詳しいかもしれないとのことで、巫女さんはあまり詳しくないとのこと。耳どっこ。その名称を知れただけでも収穫です。ありがとうございましたと、真山神社の参道を下っていきます。というか、割と標高があるので寒い。体が冷えています。ただ、事前に予約しておいた乗り合いタクシーが来るまであと一時間弱。なまはげ館に避難です。お土産処でどら焼きを買い求め、ロビーなら座ってても大丈夫とのことで、タクシーが来るまで館所蔵の資料、岡本太郎の著作を読んで待ちます(太郎さんも東北旅して、なまはげの紹介とかしてるのよね)。そしたら受付の方が、タクシーもう来てますよとお知らせしてくれて、17時になまはげ館をあとにする。ありがとうございました。

 車中での会話。「このへんは何でも(名称に)なまはげをつけるんです」と、なまはげラインを走る、なまはげシャトルの運転手さん。「なまはげの湯というのもありますよ」と、道中なまはげ問答をしておりました。さて、15分ほどで着いたのは、男鹿温泉郷。男鹿半島にも温泉があるんです。お世話になるのは時計みたいな名前のセイコーグランドホテル。まずはフロントでチェックインの際に、近隣飲食店の本日の営業を確認してみるが、把握していないとのこと(一人泊プランだと夕飯つけらんなかったのよね)。電話してみましょうか、とのことだったけど近くなので、すたこらさっさと行ってくる。まずは唯一の居酒屋さん。数日前に電話したときは「営業する予定です」と言われていたが果たして。階段を上がり、二階のドアを開けて店の奥にごめんくださいとすれば、ご返答。今日は6時から営業されるとのこと。よし、夕飯確保。リュックの中に詰めていたパンは、明日の朝食にいたしましょう(朝食は前日までに申し込めば食べられるので心配してなかった)。
 そうしてホテルに戻りようやく部屋の鍵を開ければ、部屋タイプおまかせだったのに、結構広いツインルームをご用意して下さっていた。大きなソファーもあるし、花粉症には嬉しい空気清浄機も。角っちょにワークスペースまで(今振り返れば、この部屋はとっても寛げた)。とりあえずお茶を淹れ、用意されていた甘味をいただき、ベッドで呆ける。朝早かったし、結構歩いたし、疲れてました。というか爪先まで冷えてる。一度温泉に浸かってからご飯に行くか。しかし温まってから、また外出るのもなぁ、と思い直し、布団で温もってからご飯に出かける。
 さて。冷えた空気の中を歩き、先ほども上った階段を上り、一名です。客は自分のみ。カウンター席に陣取ります。開いて下さっていることの感謝を込めて、今日は色々飲み食いしましょう。まずは地酒。秋田といえばの高清水。燗にしますか? と問われ、向こうから問うってことは高清水は燗酒も合うということだし、何より寒い日のその心遣いが嬉しく、燗にしてもらう。まずは比内地鶏の串焼きを塩で。というか高清水、うまい。喉にとろりと落ちていく。さて串焼き。美味しいし、やっぱ普段食べてる焼き鳥とは弾力が違う。違うんだけれど、個人的にはもっと柔らかい鶏肉が好きかなあ。と、このあたりから舌に高清水という脂が乗ってくる。今日相川から真山まで歩いている途中「耳どっこ」という信仰を見かけたんですけれど、何かご存知ですか、と。あれは難聴などに御利益のある耳の神様で……、と女将さんがわざわざ厨房からご主人を呼んできて下さる。多分、このお店で三味線ライブもやられている、訛りの強いご主人。「観光客で、耳どっこのこと聞いてくるなんて、初めてだ!」と目を丸くされる。あぁ愉快。自覚あるけれど、相川から真山まで歩く奴なんざ、まずいないだろうて。ゆっくり移動したほうがあれこれ色々見たり気づいたり感じたりできるから好きなのです。「昔は移動手段がないから、あのへんはよく歩いていて、仲間と通りかかったときなんかはよくお参りをした」と。「お椀を耳に当てると良く聞こえることから、お椀を祀っている」「歌手を目指している孫のおばあちゃんが参拝をした(歌手は耳も大事だから)」「どっこ、の『っこ』は、秋田に多い親しみを持った呼び方」そうしてご主人が奥から、男鹿半島の石碑をまとめた冊子を持ってきて下さる。こういうのを編纂している方が知り合いにいるのだとか。耳どっこのことは載っていないけれど、おそらく石碑関係も好きなんだと思われたのでしょう。えぇ、好きですとも。ぺらぺらとめくれば、男鹿半島にも庚申信仰はかなり根付いていたようで。ついでに高清水飲みながら、庚申信仰の解説とかしちゃう。続いて頼んだのは「炙り棒穴子」。もはや匂いだけで美味しい。おろしに醤油を垂らして、絡めていただく。皮はカリカリで、中はぷりぷりで、超美味。日本酒にぴったり。以前、似たような形状の魚を山形の温海温泉で食べたことあるけれど、あのときは確か「めくらうなぎ」という名前で……と伺えば、同じものとのこと。もう10年近く前だけれど、覚えている自分が嬉しい。その他にも色々と話が弾む。もはや高清水も三合目。コロナ以降、旅先の酒場でここまで気焔を上げたのは久方ぶりじゃないだろうか。どうして駅伝の話になったのかは覚えてないけれど、男鹿駅伝というものが例年の行事として行われていて、箱根と地形が似ているからか東洋大学が出場して、最近では青山まで出るようになったとか(調べたら、他にも箱根の常連校が色々出ていました)。
 なまはげにも話は及び、「現代を生きる自分の感覚ですけれど」と前置きした上で、子供が可哀想だなぁ、という感想をお伝えするも、女将さんいわく、有名になったことで外国の方も来るようになって、色々な声も聞こえてくるけれど、あれを自然としている中で育った自分としては、なくてはならないもの、と。その一方で、クリスマスのときから今年はどこに隠れようかと考えるほど怖かった、とも。ただ、なまはげが観光化することで、地元の子供達は怖がらなくなるのではないか、とも。〆の辛味噌ラーメンをすすりながらそんな話を伺う。そうして地元の小学生たちが授業でまとめた「なまはげパンフレット」なるものもいただく。令和3年度版と、5年度版(あとから読んで気づいたのだけれど、3年度は作者の3年生が10名だったのに、5年度は3年生・4年生の合作で、合わせて8名でした……)。そんなこんなで酔い心地。日本酒三合以上はダメだと思ったので、宴もたけなわ。「耳どっこは、きっと、ここだけの信仰だから、男鹿市の観光課に言っておいたほうがいいですよ」とかそんな言葉を残して、ごちそうさまでした。とても良い晩が過ごせました。あぁ、美味しかった。

 冷え込んだ空気の中、ちょっと遠回りしてホテルへ戻る。酔い心地です。そのまま貸し切り状態の温泉に浸かり、疲れた体を癒やしては眠りにつく。おやすみなさい。

2日目

 明け方。少し早く目覚めたので、ベッドの中、スマホで「耳どっこ」について調べる。耳とお椀の信仰。やっぱ他にはないよなぁ、と。そもそも「どっこ」って何だ。「っこ」が親しみを持った秋田の呼び方ならば……耳堂っこ、じゃないか? 少なくとも筋は通っている。と思って検索すれば、ヒット数は少ないけれど当たりのようで。耳堂講、としているページもあったけれど、講って集団参拝のことだから、あのお堂に当てるのは少し違うような……。ただ「お椀の底に穴をあけ耳にみたてて奉納すると耳の病が治る」なんていう情報も。確かに昨日見たお椀の底には穴が開けられていて、そこに紐が通され、両端に一つずつお椀があった。そしてそれを地蔵に引っかける形で奉納していて、お椀だらけで地蔵は埋もれていた。そういえば耳を模した物体も紐で繋がれていた。やっぱ「耳どっこ」は、観光資源かどうかはともかく、民俗学的にはもっと注目されていいような気がするんだけどなぁ。本当、珍しい信仰だと思う。
 とか何とか思いながら起き、昨日買っておいたパンを頬張る。オレンジジュースとか買っておけば良かったな。で、再び温泉へ。思い返せば、二日酔いの気配が全然なかった。やはり酒は三合までですね。
 さてぱっぱと荷物をまとめて、宿を発ちます。広い部屋まで用意して下さり、温泉も伸び伸びとできたし、館内もキレイでとっても良いお宿でした。お世話になりました。というか、昨日とは打って変わり、きれいに晴れた! 今日は近くの観光施設でe-バイクを借りて、男鹿半島の景色を楽しもうかと。受付を済ませ、自転車を前に、ヘルメットをカチッと締めます。
続→

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