未上場で創業者が株式を売却する3つの理由を解説/株式売却が業績に与える影響はあるのか?
「目論見書分析note」とは
目論見書分析noteは、起業家、スタートアップで働く方、スタートアップ企業の成長背景に興味がある方を主な読者として、noteを書いています。
「IPO企業は、どんな業績変化をだとってきたのか」
「過去の資本政策でどう工夫をしてきたのか」
など
スタートアップ企業に関わる方・興味がある方に、ヒントになる情報を提供させて頂くことを目的としております。
※記事の内容については個人的な感想となることを理解の上で読んでもらえるとありがたいです。
まず最初に、今回の記事からわかることをお伝えします。
1:このテーマを取り上げた背景
株式会社ヤプリの創業社長である庵原さんのインタビュー記事が話題になっていました。
未上場の間に創業者が株式を売却してキャピタルゲインを得た場合、「創業者は経営に対するやる気がなくなってしまうのではないか」と言われることがあります。実際のところ本当にやる気がなくなってしまうのか、心情を把握するのは難しいため、今回のインタビュー記事はとても貴重な内容だと思います。
自分のnoteでは、未上場で社長による株式売却があった企業とそうでない企業で、「上場後のパフォーマンスにどのような差があったのか」を定量的に確認するため、「上場後の株価」と「業績(売上)」に注目しています。
2:調査結果
ヤプリ社が上場した2020年にフォーカスし、以下の内容を調査しました。
◼︎売却事例数と売却理由
・株式売却が確認できたのは63社中16社(25%)
・社長による株式売却が確認できた16社
AHCグループ/ビザスク/リグア/ヴィス/Macbee Planet/フィーチャ/コパ・コーポレーション/コマースOneホールディングス/グッドパッチ/Branding Engineer/ヘッドウォータース/カラダノート/スタメン/ヤプリ/交換できるくん/オンデック
・売却理由は3つに集約される
経営参画意識向上(9社)
資本提携(5社)
贈与(2社)
経営参画意識向上とは、役員や従業員に経営意識・決算数値への意識向上を目的として、社長から役職員に対して売却するケースです。
◼︎経営参画意識向上の事例
・会社名:グッドパッチ
・売り手:土屋社長
・買い手:役員等
・売却時期:2019年1月(売却株価115円)
・上場時期:2020年6月(公募価格690円)
当時の役員を中心に6名に対して、1人あたり約400万円の譲渡を行っています。役職員が株式を取得する方法はストックオプションや従業員持株会がありますが、自己資金を使って株式を取得することで自身も投資家・株主の一部となり、より経営へのコミットメントを高める手段と言えるでしょう。
資本提携とは、事業提携先や資本参加を希望する投資家に対して売却するケースです。
◼︎資本提携の例
・会社名:ヤプリ
・売り手:庵原社長
・買い手:YJキャピタル、グロービス、Eight Roads
・売却時期:2019年5月(売却株価700円)
・上場時期:2020年12月(公募価格3,160円)
VC3社に対して、総額1.4億円の譲渡を行っています。同時期に優先株式の発行(増資による資金調達)を同時に行っています。
贈与とは、無償で譲渡することであり、社長の親族等に贈与するケースなどがあります。
◼︎贈与の例
・会社名:AHCグループ
・売り手:荒木社長
・買い手:社長の親族
・売却時期:2017年11月(贈与のため0円)
・上場時期:2020年2月(公募価格2,200円)
親族4名に対して、合計6,000株(持株比率約0.4%分)を無償で贈与しています。
◼︎パフォーマンス(株価)
「社長の売却株価に対して、株価がどれだけ上昇したのか」、パフォーマンスを確認します。比較する株価は、社長が売却した株価、公募価格、上場来高値、上場来安値の4つです。
表の右側3列にある「vs 売却株価」という指標が1倍以上であれば、「上場後は社長の売却株価を上回っている」ということです。これを見るとほとんどの事例で、社長の売却株価よりも公募価格が上回っています。
要するに、社長から株式を買い取った役職員・事業提携先・投資家は、上場後に利益が出ています。
一方、公募価格が下回ってしまったのはBranding Engineerのみです。ただ、上場来高値は当該売却株価の3.94倍のため、上場後にキャピタルゲインを確保できるタイミングはありました。
◼︎パフォーマンス(売上)
業績パフォーマンスを売上の観点から比較します。社長の株式売却があった企業となかった企業で、上場後の売上成長率に差異があるかという比較を行いました。
上場の直前期、上場申請期、上場申請の翌期の3期間の売上を表示し、申請期及び翌期の売上成長率を計算します(データ元は会社四季報。売上成長率がマイナス90%超であるファンベップとモダリスは異常値として除外)。
株式売却があった企業群(16社)と株式売却がなかった企業群(46社)の売上成長率を比較します。
6%程度の差はありますが、どちらも企業群も売上成長率の平均は20%台となっています。限られたデータでの比較ではありますが、売上パフォーマンスには大きな影響を及ぼしてないと言えるでしょう。
調査した全データはこちらにあります。細かいデータまで確認したい方はぜひご覧ください。
3:インタビュー記事の解説
冒頭に紹介したヤプリ庵原社長のインタビュー記事の中で気になったことがあったので筆者なりに解説します。
どのように三方良しだったのか?当時のファイナンス情報を交えながら解説します。
「創業者は普通株を売却して経済的な不安を解消できる」
→こちらは記事の中にもあったとおり、社長個人が抱えていた不安が解消できて「心の安定」を確保し、経営に専念することができたという話です。
「会社はバリュエーションを高められて嬉しい」
「投資家は株を割安で購入できて嬉しい」
→ここが具体的にどのように嬉しいのか、解説します。
2019年5月にシリーズCファイナンスと社長の株式売却を同時に行っています。シリーズCで発行したC種優先株式の株価は525,000円、社長の売却株価は210,000円でした(株式分割考慮前)。
シリーズCの増資前(株式売却がない場合)
発行済株式数 33,741株
C種優先株価 525,000円
時価総額 177億円
投資家から「177億円は高いので、株価を下げることはできないか」と言われた場合、C種優先株式の発行に加えて、社長が保有する普通株式を株価210,000円で売却すると、以下のように投資家の取得株価が下がります。(以下は例として、取得株式数500株のうち100株を株式売却により取得したモデルケースです)
「会社はバリュエーションを高められて嬉しい」
→本来であればC種優先株式は462,000円であったが、希望株価である525,000円で発行することができた。
「投資家は株を割安で購入できて嬉しい」
→C種優先株のみだと取得株価は525,000円であったが、株価の安い普通株式を同時に購入することで平均取得株価を462,000円に下げることができた。
二種類の株式を混ぜ合わせてファイナンスしているので、「ブレンデット」と言っています。
4:終わりに
創業者、代表者による株式売却は行われているものの語られることが少なかったため、今回のインタビュー記事の公開は本当によかったと思っています。実際のところ、「売却はしていないけど個人的に借金を抱えたまま経営している」「上場時の売出によって何とか借金を返すことができた」というケースも少なくないはずです。
未上場時の株式売却は「売り逃げではなく三方良しの資本政策」であり、常に選択肢として考えられるものである、ということが広がってもらえると嬉しいです。
最後に最近のトピックスとして、12月に東証グロース市場上場予定のインフォリッチは、未上場のタイミング(2020年7月〜2021年3月)で、総額11億円超の株式売却を行っています。目論見書上は「所有者の事情による譲渡」であるとのことですが、その理由や今後の株価動向は注目したいと思います。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。