『実践スタートアップ・ファイナンス』から読み解く、起業家が知っておくべき10の心得
スタートアップ必読のファイナンス本と評判の『実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦』(著者:山岡佑氏・2021年10月7日発刊)をご存知でしょうか?
このnoteでは、資本政策について起業家が知っておくべき10の心得をわかりやすく解説しています。10の心得のQAを確認するだけでもTIPSとして参考になるはずです。感心のあるテーマから読み進めてみてください。
はじめに
「資金調達をしたいけどノウハウがない」「ストックオプションの設計に悩んでいる」など、スタートアップ企業が資本政策を設計する上で、課題となる点は多いです。
そのような経営者の方向けに書かれた本書は、ブレイド、スペースマーケット、Gunosy、Sansan、UUUM、ニューラルポケットの6社の事例を詳細に解説した本です。内容としては、かなり充実したものですが、全て読みこなして理解するためにはやや難しい内容といえます。
また、資本政策の思案書とはいえ、資本政策の定石は3つしかありません。
第7章 共同創業者や創業メンバーに対するエクイティ付与
第8章 事業上のキーマンに対するエクイティ・インセンティブの設定
第9章 従業員に対するエクイティ・インセンティブの付与
インセンティブ設計については詳しく書かれていますが、ファイナンスの株価や優先株式の設計は具体的にどうすればよいでしょうか?
私のnoteでは、本書をわかりやすく解説するとともに「資本政策の定石」を10つ追加するつもりで書きました。『実践スタートアップ・ファイナンス』から読み解く、起業家が知っておくべき10の心得を解説します。「具体的にどうすればいいのか」を本書から読み解いてわかりやすく解説します。
文中で(本書P.223)など記載があるものは、単行本におけるページ数になります。本書をお持ちの方は、合わせて読むとさらに理解が深まります。
Q1. 創業期、投資家に対する株価はいくらにする?
A1. 創業社長や創業メンバーの少なくとも2倍以上の株価にする
Sansanは、設立出資から2ヶ月後に株価を2倍にして第三者割当増資を実施。第三者割当増資は創業時よりも調達金額が少ないため、資金調達目的以上に関係性強化を狙った増資であったと思われます。
◼︎2007年6月11日
設立出資(株価5万円)
調達総額 7,000万円
割当先:創業時役員等
◼︎2007年8月31日
第三者割当増資(株価10万円)
調達総額:1,500万円
割当先:インキュベイトキャピタル4号
一方、創業社長と外部投資家が同じ株価だった事例も紹介します。
UUUMは、設立出資の際、創業社長と同タイミングで外部投資家から資金調達していますが、創業社長と外部投資家が同じ株価となっています(本書P.223)。将来的な参画予定がない、いわゆるエンジェル投資家への割当は、時期を少し後ろにずらして、創業社長が出資する株価の少なくとも2倍以上にすることで、創業社長の株式持分の希薄化を緩和すべきです。
Q2. 初の外部資金調達、いつやるべきか?
A2. プロダクトリリース時に、初めての外部資金調達を実施
スペースマーケットは、2014年4月のプロダクトリリース後、2014年8月にサイバーエージェントキャピタルを割当先とする、初の外部投資家向け第三者割当増資を実施した。割当株価は1株あたり28,090円。2014年1月の創業時の株価が500円だったので、50倍以上のバリュエーションで実施したことになる(本書P.73)。優先株式の条件は、優先残余財産分配権が1倍であることなどスタンダードな条件設定となっている。
プレイドは、自社サービスである「KARTE」のクローズドβ版を2013年末頃から開始していた。初の外部資金調達を実施した2014年5月はクローズドβ版提供中、2015年3月が正式リリースとなっている。スペースマーケットよりも早いタイミングで、外部投資家であるフェムトキャピタルから資金調達を行っている。
プロダクト正式リリース前の資金調達ということもあったのか、優先株式の条件は、投資家側にかなり有利な条件となっている。残余財産分配権が1倍確保後、2倍までは普通株主に優先して分配される条件(本書P.26)となっていること。投資家に対して、当初出資額に対して20%まで追加出資できる新株予約権を付与(本書P.36)されていることなどである。
調達するタイミングによっては、投資家側が条件交渉を強めにしてくる可能性があるため注意が必要である。
Q3. どうやって株価を大きく上げるのか?
A3. 新サービスリリース時に、大きく株価をあげている
ニューラルポケットは、2018年8月に画像解析技術を用いたファッション商品企画サービス「AI MD」の提供を開始(本書P.276)。同8月にシリーズAとして主にUTECを割当先とした第三者割当増資を実施している(本書P.290)。1株あたり株価は406,520円であり、2018年1月設立時500円の813倍、2018年3月のエンジェルラウンド43,500円の9倍と、数ヶ月の間に大幅に株価をアップさせた増資に成功している。
増資株価の推移
2018年1月 設立時 500円
2018年3月 エンジェル 43,500円
2018年8月 シリーズA 406,520円
Q4. 既存株主の希薄化は何%にすればよいか?
A4. 経営陣の持株比率や発行時の株価によるため何%が正解というのはないが、10%〜20%が妥当であるといえる
スペースマーケットは、シリーズAラウンドでみずほキャピタルなどを割当先として第三者割当を実施、約15%を外部に放出して1.1億円を調達している(本書P.76)。
「希薄化を何%に抑えたいか」ということを考える前に、資金調達において重要な3つの要素を整理しておきます。
・調達総額(総額いくら調達したいのか)
・株価(Pre-money時価総額をいくらにしたいのか)
・希薄化(何%以内に抑えたいのか)
例えば、調達総額10億円を必須とした場合、Pre-money時価総額がどのように変化するか、30億円、40億円、50億円の例で見て見ます。非常に単純な結果ですが、Pre-moneyが40億円以上であれば希薄化は20%以内に抑えられます。ある程度大きな希薄化をともなう場合は、既存株主に対して「なぜ10億円必要なのか」、エクイティストーリーや資金使途を十分に説明できるよう準備する必要があります。
Q5. 優先株式条項に入れるべき、1つ目の条件は?
A5. ストックオプション発行は、ラチェット条項の例外として規定しておく
ファイナンスのラウンドが進むたび(事業面では成長が進むにつれて)、当然ですが株価は上昇します。それは同時に、発行するストックオプションの行使価格が上昇することも意味しています。従業員のインセンティブ効果を高めるために、できる限り低い行使価格でストックオプションを発行したいと考えた場合、ラチェット条項を適用しない例外として以下のような条件を定めておく必要があります(以下は、Sansanのケース)。
「当会社または当会社の子会社もしくは関連会社の従業員、役員、アドバイザー等に対して株式、新株予約権その他の証券又は権利が発行又は処分される場合」転換価格の調整を行わない旨が定められていた(本書P.183)
ラチェット条項・・・既発行優先株式の株価を下回る株価で株式等が発行された場合、既発行株式の転換価格が調整されるための条項
Q6. 優先株式条項に入れるべき、2つ目の条件は?
A6. ストックオプション・プールを設定する
本書においてGunosyとスマートニュースの優先株式設計の比較があり、スマートニュースの優先株式設計において、以下のような条項があります。
SO15%分まで希薄化防止条項の対象外(本書P.132)
簡単に言うと、従業員向けのストックオプションは発行済株式数に対して15%以内であれば自由な設計・株価で発行できる(ただし一般妥当と認められる株価より著しく低い株価でないこと、適切な手続きを経て発行することが前提です。同様の条項は、UUUMでも設定されていました(本書P.305)。
この条項は投資家にとって希薄化を許容するものですが、ストックオプションによって従業員インセンティブが高まったり、採用に効果を発揮できるなら投資家にとってもウェルカムのはずです。資金調達の交渉段階で、リード投資家が決まったらタームシートのやりとりがあります。その際、必ずこの条項を入れるように主張すべきです。
Q7. 優先株式条項に入れるべき、3つ目の条件は?
A7. ベスティング条項を入れる
従業員に対して付与するストックオプションは、上場後、行使可能になった場合にすべてに対して行使できるとは限りません。行使できる期間を制限するものがべスティング条項です。
例えば、上場日から1年経過した場合には全体の1/3を行使可能として、2年経過した場合1/3を追加した2/3まで行使可能にして、3年経過した場合全部を行使可能にする、という設定方法だ(本書P.287)
これは一見、会社側にとって不利な条件のように見えますが、上場後も従業員に一定程度在籍してもらう効果があるといえます。また、従業員としても、業績が拡大し株価が上昇し続けているという前提ですが、行使時期をずらした方が結果的にキャピタルゲインが多く得られるケースもありそうです。
Q8. 優先株式条項に入れるべき、4つ目の条件は?
A8. 種類株主総会を不要にする
種類株主総会とは、種類株主総会というのは、会社が種類株式を発行しているときに、ある種類の株主が集まって開催する総会のことをいいます(会社法321条参照)。例えば、シリーズBまでファイナンスを実施している企業では、議案により、3種類の株主総会を開催する必要があります。
・種類株主総会(普通株主)
・種類株主総会(A種種類株主)
・種類株主総会(B種種類株主)
種類株主総会の開催を忘れてしまった場合、最悪の場合、株主総会での決議が無効になるケースもあります。実務上は書面を用意して手続きで済ましています。ただ、種類株主総会を不要にする条項を入れておくことでこのリスクを回避できます。手続きを簡素化するためにも、入れておくべきでしょう。
Q9. 優先株主の順位をどう決めればよいのか?
A9. 正解はひとつではないが、既存株主・新規株主と十分に話し合う必要がある
優先株主の順位とは、優先残余財産分配時において、どの株主から優先的に会社財産を分配するか、順位を定めたものです。
A=B=C すべての優先株主が均等に財産分配を得るケース
A<B<C C種株主が最優先(C種株主が元本回収したあと、B種株主が回収、その後A種株主が分配を得る)
A<B<Cのケースを具体的に考えてみます。
(簡易的な計算方法に基づいています)
A種株主が出資した額 1億円
B種株主が出資した額 2億円
C種株主が出資した額 3億円
ケース1:残余財産の総額 10億円
C種株主が3億円回収(残額7億円)
B種株主が2億円回収(残額5億円)
A種株主が1億円回収(残額4億円)
その後、残額4億円を普通株主も入れて持株比率で分配する
ケース2:残余財産の総額 5億円
C種株主が3億円回収(残額2億円)
B種株主が2億円回収(残額0円)
A種株主と普通株主は分配を受け取れない
ケース2が想定される場合、A種株主は1円も回収できません。よって、何が起こるかといえば、解散するようなコーポレートアクションをA種株主は反対するでしょう。無理矢理やれないこともないですが、そのような場合はうまくいかないケースが想定されます(何がうまくいかないかは、ケースバイケースすぎるのでここでは割愛します)。
大事なことは、A=B=CなのかA<B<Cなのか、資金調達のたびに、既存株主・新規株主と十分に協議しましょう。お互いが納得いくまで協議しておけば、いざというときの交渉で困ることが減るはずです。
Q10. 資金調達のために黒字化は、必要か?
A10. 黒字化の計画があればベター。ただし必須ではない
Sansanの解説パートでこのような記述があります(本書P.157)
①フェイズ1(2007年〜2012年)
資金調達環境ーファイナンス上、黒字化が求められていた
自社戦略ー少ない資金を回していた
②フェイズ2(2013年〜2018年)
資金調達環境ーフェイズ1から変化(黒字化要求が低下した)
自社戦略ーユニットエコノミクスから広告宣伝費への投資可能額を算定して投資
③フェイズ3(2019年〜)
自社戦略ー「多角的」に事業を成長させていくフェイズ
要するに、資金調達環境に合わせて投資家とコミュニケーションすることが必要であり、黒字化は必須ではありません。一方、すべての業種で黒字化への要求が低いわけではありません。業種業態によっては、着実な利益成長を期待されるケースも少なくありません。また、投資家ミーティングでは、「単月黒字化はいつですか?」と聞いてくる投資家も必ずいます。投資家によって求める要求が異なりますが、黒字化をしないならその理由、それが事業・組織にとってどういうインパクトを与えるのか、それらを起業家の意思として一貫した答えを言語化しておくとよいでしょう。そのためには、エンジェル株主やアドバイザーなど、身近な人に壁打ちしながら、言語を磨いていくことをお勧めします。
資本政策における特異点
資本政策は会社のカラーが出ます。企業の特徴ともいえるコーポレートアクション、事例から、私なりに選んで列挙しました。詳細を知りたい方は、ぜひ本書をご覧ください。個人的には、UUUMの事例が気に入っています。
プレイド
投資家に対して出資額の20%分の新株予約権付与(本書.P36)
優先残余財産分配、出資額の1.5倍の分配(本書.P58)
スペースマーケット
A種優先株価28,090円で発行のあと、普通株ストックオプション行使価格1,600円(本書P.86-87)
グノシー
創業者持株比率少ない。一方、資金面を気にせず、経営陣はプロダクト開発や事業に集中できたと言えそう(本書P.121)
Sansan
創業時メンバーの株式、出資額100万円が上場時に250倍の2.5億円(本書.165)
PSR7〜8倍を目安に株価設計(本書P.177)
UUUM
創業時、個人株主からの出資。株価は創業者と同じ株価(本書P.273)
監査等委員の取締役に税制適格ストックオプション付与(本書P.273)
ANRIからの調達時に株価12倍(本書P.225)
ジャフコからの調達時に株価16倍(本書P.229)
ニューラルポケット
サービス開始と同時に2.7億円資金調達(本書P.279)
ベスティング条項(本書P.287)
このnote自体も長いですが、読みたい箇所から読んでください。
スタートアップ経営者の方に、ひとつでも気づきがあれば幸いです。
資金調達、頑張りましょう!