A本さんと私~ごめんねA本さん~
流山によく顔を出す、A本さんというおじさんがいる。
A本さんは2019年に開かれた森のナイトカフェ内のイベント【「欲しがりません、好感度」の会】に一人で参加して下さった、お笑い好きの心優しい風変わりなおじさんだ。
この会をきっかけに仲良くなり、後に結成したお笑いコンビ「きくばやし」が前座をつとめたTristのイベントにも来てくれるなど、おそらく多忙なものの、もしかしたら時間があるのかもしれないと思わせるお笑い好きの心優しいおじさんなのだ。
今回はそのA本さんに謝罪したく久しぶりにnoteをしたためている。
実は数ヶ月前にA本さんにとんでもない裏切り行為をしてしまった私は、この数ヶ月の間ずっと良心の呵責に苛まれてきた。
全てはあの日から始まった。
A本さんは新松戸で飲むことが多く、たまにおすすめの飲み屋さん情報などを送ってくれたりする。
実は私は10年ほど前に新松戸に住んでおり、当時は行きつけのバーが近所に2店ほどあった。
そんなある日、A本さんが新松戸のバーの写真を送ってくれた。
写真に写り込んでいるコースターに書かれたお店の名前に確かに見覚えがあった。
嬉しくなった私は
「懐かしいです。そのバーに昔何度か行きました。」
と即返信をした。
返信後、小腹が空いた私が冷凍庫を開けるとそのバーの名前と同じ名前のアイスクリームが入っていた。
「あれ?ここにもその名前が・・・。面白い偶然だな。・・・待てよ、私はこのアイスを先に見ていたからデジャヴを起こしているだけなのではないか・・・?」
そんな不安が頭を過ぎったのも束の間、A本さんから新たなメッセージが来た。
「直子さん、マスターが直子さんのことを覚えていましたよ!」
私はマスターのことをうろ覚えなのに、マスターは10年ほど前のことを覚えていてくれるなんて。
すごいなぁ、接客業とはこういうものなのか、と思ったことを今でも鮮明に覚えている。
「嬉しいですね、ぜひ今度一緒にこのBarに行きましょう!」
と自分のことのように喜んでくれるA本さん。
その後、何度そのBarの最新情報やマスターの最新情報を送ってくれたことか分からない。
しかし、送られてくる店内の画像を見る度に私は大きな不安に駆られた。
そう、送られてくる画像全てに驚くほど見覚えがないのだ。
しかしマスターは私を知っていると言うではないか。
私がど忘れしているだけなのか?いや、マスターも、まさか覚えていないとは言えないだけだったのではないか・・・?
様々な思いを抱えたまま月日は経ち、ある日私とA本さんは急遽新松戸で飲むことになった。
「新松戸」と指定があった時点で、A本さんが私とマスターの10年ぶりの再会を実現すべく、色々と動いてくれているであろうことが予測できた。
ついにこの日が来たか・・・。
念のため、新松戸に向かう電車の中でA本さんから送られてきた画像の数々を見返し、何とか記憶を呼び覚まそうと粘る私。
見れば見るほど記憶に無いが、それはそこにマスターが写っていないからかもしれない。
こうなったらマスターとの再会に最後の望みをかけるしかない。
記憶力はそんなに悪い方ではないはずだ、マスターの顔を見たらきっと爆発的に記憶が呼び覚まされるに違いない。
A本さんと落ち合い、一件目で一通りお笑い論議や家族の話などをした後、A本さんが動き出す。
「それでは、思い出のバーにいこうじゃありませんか!」
軽快な足取りでバーに進むA本さん。
待て、こんな道は微塵も覚えていないぞ、と足取りが重くなる私。
いやいや開発が進んだだけかもしれない、と思いながら開発が進んでいるはずもない辺鄙な道を歩いていると、A本さんが急に立ち止まった。
まさか・・・
「懐かしいでしょう!!」
ドヤァとバーを指すA本さん。
どう見ても知らない店構えを前に「えぇ」と返事する私。
「マスター喜びますよー!」
とホクホク顔の心優しきA本さん。
もしかして移転や改装をしたのかもしれない、という限りなく0に近い可能性にかけて「・・・えぇ」と返事する私。
せめてマスターが知っている人でありますように・・・!
そんな願いを込めて、意気揚々とドアを引くA本さんに恐る恐る私も続く。
「マスター!!直子さんですよ」と店内に入るやいなやマスターに声をかけるA本さん。
少し暗い店内で目を懲らしてA本さんの視線の先を見ると、なんとそこに立っていたのは
知らない男性であった。
そして悲しいことにその男性は、忘れているだけでは?という疑念を打ち消さざるを得ないほど一度見たら忘れられない端正な顔立ちをしていた。
そこからは、悲しい寸劇が繰り広げられた。
マスター「・・・お久しぶりでございます」
私 「いやー・・・覚えていて下さいましたか。懐かしい限りです」
私たちは久しぶりの、いや、実質初めましての握手を交わした。
A木さん「懐かしいでしょう!!いや、嬉しいですね!直子さんはいつもどのあたりに座られていたんですか?」
私 「・・・この辺ですかねぇ。端の方に・・・」
マスター「えぇ、えぇ」
久しぶりにしては深みのない会話だなぁとさすがのA本さんも驚いただろう。
深みもなければ広がりもない会話を繰り広げながら、頼んだアプリコットカクテルの最後の一滴を飲み干した。
そして帰り際にホッと胸をなで下ろしたのもつかの間、気を利かせてくれたA本さんが口を開く。
「再会を記念して写真を撮りましょう!」
こともあろうに10年ぶりの再会を祝って、店をバックに私とマスターのツーショット写真を撮ってくれると言い出したのだ。
「ほら、照れずに寄り添って!」
というA本さんの言葉に抗うすべはなく、我々は静かに寄り添った。
「貴重な写真になりましたね」
というA本さん。
この日初めて出会った男女が10年ぶりという設定で写真に残されるという点では大変貴重な写真になったことは確かだ。
あれから約半年・・・。
自分のことのように喜び、計画し、写真を撮ってくれたA本さんに対する申し訳なさで押しつぶされそうになりながら私は日々を過ごしている。
きっとマスターもそうに違いない。
A本さん、コロナが落ち着いたらまたいきましょう。今度こそホンモノの久しぶりの再会を祝うツーショット写真を撮りに。
本当に本当に、ゴメンナサイ。
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