見出し画像

【おはなし】メタニカの犬


海のない惑星メタニカは、
海の代わりに16180の湖があり、空には19の虹がかかる美しい星です。

美しい星ですが 一番大きな町にさえ、
ひとっこひとりいませんでした。

メタニカの土ではどうしてもカボチャが育たないので、みんなカボチャを育てられる星を目指して 出て行ってしまったのです。


そんなメタニカの最深部に、一匹の年老いた犬がおりました。

老いた犬は、〈もにた〉をいつもしっかり見ていて、
〈せん・さー〉と繋がる赤いランプが光ったら、
飼い主に伝えるのが仕事でした。

飼い主はメタニカの美しい湖が大好きでしたが、
年老いた犬よりもずっと年老いていました。


飼い主のお葬式のあと、人々は犬に言いました。

「私たちと一緒に行こう。おいしいカボチャが育つ星を見つけたんだ」

しかし、犬はメタニカに残ることにしました。
花畑の下にいる飼い主とずっと一緒にいたかったのと、
ほかでもない犬自身が、メタニカの美しい景色を愛していたからです。


去って行く最後の住人に、犬は言いました。
「私はここに残りますが、一つお願いがあります。
あなたたちの新しい星のカボチャを一つ、ここへ届けてもらえませんか」
「それはかまわないけれど、何にするんだい?」
「カボチャの厚い皮を切り抜いて、顔にするのです。
そうすれば、この星にたった一匹残っても、
少しは寂しくないでしょう」

そして一年後、昔の住人は約束通り、大人が両手で抱えるほどの大きなカボチャを持ってきてくれ、犬の言うとおり、丸い目と優しそうな口の形を切り抜いてくれました。

犬は、これでもう寂しいことは何もない、と思いました。

ところがその時、カボチャの顔が喋ったのです。
「犬のおじいさん、どうしてそんなに寂しそうな顔をするの」

犬はカボチャが喋るなんて知りませんでしたが、もう長い間生きているので、ちょっとやそっとのことではうろたえませんでした。
「寂しいなんてこと、あるもんか。
飼い主もご近所さんもいなくなったけれど、今の私にはお前がいるもの」

カボチャは言いました。
「僕はこの星のことをもっと知りたいんだ。
僕のことをぱくっと咥えて、外へ連れてってくれないかい」

犬は頭を振りました。
「お前は私の何倍も大きいんだよ。重くて、持ち上げられないし、
それに〈エレベエタ〉は壊れてしまって、もう上へは上がれないんだよ」

「階段を使えば いいじゃないか」

「この年より犬が、1400段もある階段を、登れると思うかい。
残念だけど、あきらめなさい。私だってもう一度外の景色を見たいけれど、あの階段を上ることができないので、〈もにた〉で我慢しているんだよ」

そう言って犬は、〈もにた〉に向かって座り直すと、そのまま寝てしまいました。
いくつかの〈もにた〉はもう真っ暗で、残された〈もにた〉は、
いつまでも同じ景色を映していました。

カボチャは思いました。
(犬のおじいさんはあんな風に言ったけれど、〈もにた〉はいつも同じ景色を映すばかりで、ちっとも面白くないや。こうなったら、僕が犬のおじいさんを外へ連れてってあげるしか 方法はあるまい)


そこでカボチャは ごろごろごろごろ転がって……
最深部のカベに 体当たりを始めました。
カベはとても硬くてぶ厚かったのですが、カボチャも同じくらい硬かったので、何度も何度もぶつかるうちに、だんだんくぼんできました。

何日もたったある日、ボコッと音がしたかと思うと、カベに大きな穴が開きました。空いた穴から、モグラが出てきました。
「最近地面の中から音がするから、土を掘ってやってきたのさ」

カボチャはわけを話しました。
「なるほど、なるほど。それなら、外のものを何か持ってきてあげよう」


次の日、モグラは仲間を連れてやってきて、森に咲いていた花を犬のいる部屋に飾りつけてくれました。
部屋はあっという間に花の甘い香りでいっぱいになりました。

老いた犬はよろこび、足が痛いのも忘れて 一つ一つ花の匂いをかいで回ると、モグラたちに言いました。
「私はこの感謝を忘れないよう、この星にある美しい湖のひとつに、モ・グラ湖と名付けよう」
モグラたちはよろこび、自分たちの名前がついた湖の近くに新しい巣を作りました。


次の日、カボチャはモグラの穴を転がって、外へ出ました。
外では青や紫の綺麗な羽の蝶たちが、何やら相談をしていました。
「何を話しあっているんだい?」
「ここは風が強くて寒いので、みんなで引っ越し先を相談していたところなの」
「それならちょうどいい。花が沢山咲いていて、おまけに風も吹かない とっておきの場所がある」

カボチャは蝶たちを最深部の犬の部屋に案内しました。
蝶たちが引っ越しの舞を踊ると、老いた犬はうずうずしてきて、蝶たちと一緒に踊り始めました。
「ああ 楽しい楽しい。こんな愉快な気分になったのは何年ぶりだろう」
それから蝶たちに向かって言いました。
「この素晴らしい舞いに敬意を払って、この星にある美しい湖の一つに、チョウ・オドルと名付けよう」
蝶たちはよろこんで、それから毎日、犬と一緒にダンスをしました。


また次の日、カボチャはごろごろ転がって 山の方へ出かけて行きました。
山の麓には、雪だるまが住んでいました。
雪だるまはカボチャを見ると言いました。
「やあ、賢そうなカボチャさん。君の知恵を貸してくれないかい?」
「もちろんだとも。どうしたの?」
「山に恐ろしい怪物が住みついて、困っているんだ。何とか追っ払う方法はないものかな」
カボチャは少し考えて、言いました。
「よしきた。任せろ!」


カボチャはごろごろ転がって、犬のところへ行きました。
「犬のおじいさんよ、頼みがあるんだ」
「なんだね? お前は私のために色々としてくれたから、私にできることなら喜んで引き受けよう」
「僕の中に入って、僕が転がるのに合わせて歩いておくれ。階段は無理でも、歩くだけならなんとかなるだろう。休み休みで、いいからさ」


年老いた犬は空っぽのカボチャの中に入ると、歩き始めました。
カボチャの中は薄暗く、少し湿っていましたが、居心地は悪くありませんでした。
「犬のおじいさんよ、はやくないかい?」
「大丈夫だとも。このまま進もう」

それから二人は、時々お茶休憩をはさみながら、丸二日かけて、ゆっくりゆっくり、モグラの穴を進んでゆきました。

やがて、カボチャの目と口の穴から、ぱぁっと光が差し込んできたかと思うと、犬は思わず背を伸ばして、カボチャのてっぺんから顔を出しました。


晴れわたる空に 19の虹がかかり、

見渡す限りの湖面は 三つの月の光を受けて キラキラと輝き

その輝きを、プルルダンの群れがついばんでいました。


老いた犬は美しい風景を見て、心を震わせました。

ワオーーーーーーーーーン……


ワオワオーーーーン…………


その遠吠えは、モ・グラ湖を越え、チョウオドルを越え、
虹の下をくぐり、メタニカの地上をどこまでも遠く遠く響いて

山の上の怪物にも届きました。

力強い遠吠えに驚いた怪物は、急いで山を下り、
誰も知らない深い深い湖の底に潜って、それきり戻ってきませんでした。


雪だるまはよろこんで、叫びました。
「バンザイ! 怪物がいなくなったぞ!」

その声を聞きつけて、星中の生き物たちがかけつけました。
「怪物を追い払ったのは 誰?」
「あれを見てごらんよ!」
「犬だ! 彼がこの星の 王様だ!」


こうして、年老いた犬は メタニカの王様になりました。

王様となった犬は玉座にこしかけ、カボチャに言いました。
「お前のおかげで 私はこの美しい風景をもう一度見ることができた。
今の私は王様だ。お前の望みを なんでも叶えてやるとしよう」

カボチャは言いました。
「それでは王様。私のために、手袋とマントと靴を用意していただけますか」

犬の王様は家来たちに命令して、カボチャに似合う真っ黒な手袋と、大きなマントと、ピカピカの靴を用意しました。

カボチャがマントに包まると、あら不思議。
頭だけだったカボチャに体ができて、立派な紳士になりました。

カボチャは王様の前でひざまづきました。
「それでは犬の王様 お元気で」
「なんだって?」
王様は驚いて聞きました。
「一体、どこへ行くんだね」
「寂しい人のところへ 行くのです。僕はそのために生まれたのですから」


カボチャは、今度は転がらずに てくてく歩いて行きました。
やがて誰も知らない湖に辿りつくと、ドボン!とその中に飛び込み、
深く深く、潜っていきました。


そしてカボチャは、湖の底の怪物と一緒に仲良く暮らしましたとさ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?