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プレゼンテーションの暗黒面。

WaSh

(Photo by Marco Verch Professional Photographer "Set of different women's cosmetics with a white shoe" (2020) / CC BY 2.0)

大学や企業でスピーチやプレゼンテーションについて話すとき
(広告を中心とした販促活動の話をするときもそうですが)
最近は冒頭で古代ギリシャの哲学者アリストテレスのことに触れます。
彼はおよそ2,400年前に「弁論術」という本を書いたのですが
その内容たるや現代のスピーチやプレゼンテーションにも立派に通用する
(そして現代でも圧倒的多数の人が満足にできず、教えを乞うような)
そんな考え方やテクニックに溢れているのです。
大昔に既にそのようなことに興味関心を持って深掘りし
それをまとめあげたアリストテレスの慧眼に感じ入りますが
それが今も生きているということは、この時代から今に至るまで
人間にとって自分が発信することの「見え方」「聞こえ方」は
大きなテーマだということですね。

一方、彼のお師匠さんであるプラトンという哲学者は
この「弁論術」を徹底的にディスりました。
弁論術以外にも料理法、化粧法といった今では当然の技術を
「迎合のためのまやかし、騙しであり社会にとって害悪である!」
と説いて否定しました。今で言えば「意識高い」系っぽい。

このお二人がお互い顔を合わせて議論する様子…
勝手な想像になっちゃいますが、思い浮かびませんか?

「プラトン部長、来週のプレゼンで説明する戦略、こう例えてみようかと」
「ソク!何バカなこと言ってんだ!それ自体をありのままに説明しろ!」
「いや、それだと聴いてる人にはイメージが湧きにくいと思いますが」
「そんなのは聴く側が死ぬほど頑張って理解すべきものだ!」
「そんなこと言ってたらこの競合プレゼン負けますよ…」
「それで負けるなら上等!そんな馬鹿クライアントは願い下げだ!!」
「負けたら今年の売り上げ目標、達成できません…」
「構わん!!!売り上げのために迎合するなど、言語道断ッ!!!!」

とか(苦笑)

ひょっとすると料理などは

「ねぇプラトン、今夜はふるさと納税の返礼品の牛肉をステーキに…」
「ステーキ?ダメだ」
「え、じゃあビーフカツレツにでも…」
「カツレツだと???イイ加減にしろ!」
「じゃあ何がイイのよ」
「せっかくの一流の牛肉じゃないか!そのものを味わうのだ!」
「何言ってんの!料理しないと食べられないでしょ!!」
「生だ生!味も付けるな!そのまま食べてこそ、それを食べたと言える!」
「はいはい分かりました、あなたのだけ生ね。あ、サラダが先ね」
「こら!なんで勝手に野菜を切るんだ!野菜はまるごとにしろ!」
「切ってしまったらその野菜の姿は失われてしまうじゃないか!!」
「切った時点でそれはもうその野菜を食べてることにはならない!!!」

化粧は…ボクはやらないのであまり面白い想像ができませんが
どちらにせよちょっとエキセントリックな絵になることでしょう。

スピーチやプレゼンテーションは
情報を整理したり取捨選択したり構造化したり(=料理)した上で
レトリックや視覚、聴覚に訴える演出を駆使(=化粧)することで
その情報をより印象的、好意的に伝達するための(弁論)技法です。
ちなみに広告を同じような例え方で説明するなら
モノ自体が最も魅力的に見えるよう「化粧」しつつ
その情報をお客さんの興味関心を惹くように「料理」して
相手に響く「弁論」や表現に乗せて伝えていく。

プラトンに言わせれば、
価値のある話は何をせずとも聴かれる。そうであらねばならない。
もしそうならないとすれば、それは聴き手が愚鈍であるということ。
相手が理解しやすいように工夫する行為は詐欺である。
ましてや広告などは詐欺の集大成。
そんな風に憤っていたかどうか…は想像の域を出ませんが
少なくとも良い顔はしないだろうなと思います。

彼らの時代以降、現実の世の中はどうなったか…
プラトンが散々ディスったにも関わらず弁論術はどんどん発展し
中世ヨーロッパの大学では7大リベラルアーツのひとつに数えられ
現代においても重要なコミュニケーションのリテラシーのひとつです。
料理法、化粧法は世界への拡がりや時代の変遷につれて多彩さを増し
いずれも世界中で大きな関心をもって受け入れられ今に至ります。
弁論術を駆使したプレゼンテーションは特に現代のビジネスにおいて
往々にして「その巧みさで勝負が変わる瞬間」になりえます。
しばしばアカデミアでは否定されることがありますが
2世紀以上にも渡って永らえ、発展し、今も生き続けているのは
現実の社会にそれだけのニーズやメリットがあり続けたからでしょう。
ですが、いずれも人間の本能や欲に訴えかけようとするものである以上
それらの裏側にはかつてプラトンがディスったように
時に自尊心や虚栄心、羞恥心、恐怖や心の傷を撫でたり弄んだり
受け取る人を誘惑し、欲に負けて我が身を滅ぼす選択をさせてしまう
悪魔的な暗黒面もあると思います。
このような裏表を持つ技術は使い方次第で「諸刃の剣」になるので
扱う人はそのことをよく理解しておくことがとても大切ですね。

うまく、さりげなく駆使すればいい目にあう。
ただし動機が悪の場合は多くの人々を貶めることにもなる。
さらに巧みさが過ぎて芝居めいてしまったり
解釈の説き方が「低次」ではなく「低次元」になると
たとえ内容は正しくても嫌悪や批判の対象になることもある。
どのあたりに「超えてはならないライン」を引くべきか?
それは相手によってまったく異なります。
だからこそプレゼンテーションは(料理も化粧も)
まずは相手を観察する。それがまず成否の大きな分かれ道。
ボクの講義の第1講はココから始めることにしています。

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