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海洋ごみ、ヒートアイランド現象…温度計衛星で社会課題に挑む【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#24】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第24弾となる今回は、宇宙から地表の熱を測る「熱赤外センサ」を搭載した衛星を打ち上げているイギリスのスタートアップ、Satellite Vuの共同創業者兼CEOであるアンソニー・ベイカーさんをお迎えして、創業の経緯や衛星データのユースケースについてうかがいました。

カタールで目にした、海洋プラスチック問題


©︎小山宙哉/講談社

せりか:アンソニーさん、はじめまして。よろしくお願いします!アンソニーさんは衛星企業に長年勤めたあとにSatellite Vuを創業されたとうかがいました。

アンソニー・ベイカーさん

アンソニーさん:アンソニー・ベイカーです。そうですね、私はこれまで25年以上宇宙業界で働いています。イギリスや香港、オランダ、カタールで宇宙企業、特に衛星通信分野のビジネスをスケールアップさせてきました。

せりか: Satellite Vuを創業されたのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。

アンソニーさん:海洋を漂うプラスチックごみについての報告書を読み、川に捨てられて海に流れ着いたプラスチックごみを測定するのに2年もかかっていることを知りました。

当時住んでいたカタールはペルシャ湾に面した半島国で、海が身近でした。海のそばに住んでいるからには、やっぱり海で遊ばないと!マリンスポーツが好きで、セーリングやスキューバダイビング、シュノーケリングをやっていました。だから、海のプラスチックゴミがこの貴重な天然資源を台無しにするのが嫌でした。

このプラスチックごみがどこからやってきているのかを知るには、数年おきに海の状態をレポートするだけでは不十分です。宇宙を使えばよりいい方法があるに違いないと思い、その方法を調べ始めました。私には会社を作るための知識と経験がありますから、何か変えられそうだと思ったのです。そして、カタールを離れイギリスで、海洋プラスチックごみの検出に役立つ衛星技術を調べていたところ、解決策の候補になりそうな熱赤外線センサに出会いました。

せりか:海洋プラスチックごみ問題への課題意識がSatellite Vuの創業につながったんですね。

アンソニーさん:はい。ただ、残念ながらこの海洋プラスチックごみのソリューションに対して、費用を払うステークホルダーをすぐには見つけられませんでした。衛星は非常に高価なので、収益を生み出すユースケースが必要なのです。そこで私たちは、熱赤外線センサを搭載した衛星を使った別のビジネスに軸足を移し、収集した画像の一部を海洋プラスチックごみ問題などの世界的な課題に取り組む大学や研究機関に提供することにしました。

熱赤外センサは温度計のようなもので、衛星に搭載すると、物体や建造物などエネルギーを排出している場所を宇宙から見つけることができるのです。

海洋プラスチックごみの検出には熱赤外衛星だけでなく、さまざまな種類の衛星画像を組み合わせる必要がありそうです。私たちの衛星画像が全てを解決できるとは思っていませんが、研究に貢献できれば嬉しいです!

世界の温度計「HOTSAT」

せりか:6月には熱赤外センサが搭載されている、Satellite Vuの最初の衛星「HOTSAT-1」が打ち上がりましたね!

アンソニーさん:HOTSAT-1の試験運用が完了して、ついに11月から本格的な運用が始まりました!まずはエネルギー関連の事業者向けに産業プラントなどの施設をモニタリングするサービスを提供します。 

HOTSAT-1が撮影した千葉県の臨海部コンビナート 
©︎Satellite Vu
光学衛星画像との比較
(左:Sentinel-2 L2Aの画像 ©︎European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2023,processed with EO Browser
右:HOTSAT-1による画像 ©︎Satellite Vu)

今後は数年以内に少なくとも8機体制にします。いまは2号機を開発しているところで、これは2024年に打ち上げる予定です。複数の衛星を打ち上げると、1日に数回同じ場所を観測して、昼と夜のデータの違いを比較したり、エネルギーの排出量が増える時間のパターンを見つけたりできます。8機体制になれば、例えば昼夜を問わず東京を2、3時間に1回観測できるでしょう。

世界中の国や企業の多くは温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」という目標を宣言しています。ところがその多くは何から始めればいいのかわからず、行動を起こしてみたとしても、それがどのくらいの変化をもたらすかがわからないのです。

そこで私たちがお手伝いできることがあります。Satellite VuのHOTSATで工場を見れば、熱効率を見直したことによる効果を測れます。

世界最上級の解像度を誇る熱赤外衛星

アンソニーさん:熱赤外センサを搭載しているほかの衛星と比べて、HOTSATは解像度がはるかに良いです。これまでの熱赤外衛星の解像度は、100m分解能(1ピクセルあたり100m)程度でしたが、HOTSATは3.5m(1ピクセルあたり3.5m)の解像度でモニタリングできます。つまり、これまでの熱赤外衛星が観測できていたのは畑ほどの大きさのものまでだったのに対して、HOTSATは個々の建物を見ることができます。

HOTSAT-1が撮影した神奈川県横浜市・大黒ふ頭付近
©︎Satellite Vu
光学衛星画像との比較
(左:Sentinel-2 L2Aの画像 ©︎ European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2023,processed with EO Browser
右:HOTSAT-1による画像 ©︎Satellite Vu)

3.5m解像度でなら、建物や道路、駐車場を見て、都市部ほど気温が高くなる「ヒートアイランド現象」の原因となる構造物の位置を特定することもできます。

さらにHOTSATにはビデオカメラが付いているんですよ!1秒間の動画を25枚の画像で構成するので、私のスマートフォンのフレームレートと同じです。なので、例えば山火事の現場を宇宙から撮影して、炎がどのくらいの速度で、どの方向に広がっているかが分かります。これは消防士にとっては有益な情報になるでしょう。

せりか:ビデオ撮影ができる衛星は珍しいですね。HOTSATの映像が地上に届くまでにはどのくらいの時間がかかりますか?

アンソニーさん:HOTSAT1、2号機の目的2時間以内に衛星のコマンドを送信、観測して、地上でデータをダウンロードすることです。しかし、より早くデータを受け取りたいと考えるユーザーもいるでしょう。HOTSAT3号機以降は中継衛星を活用して、15分以内に衛星のコマンドを送信することを目標にする予定です。また、データを地上に送る前に衛星上でデータを解析して、火災が起きている場所の位置や炎が燃え広がる速度などの情報を取り出して、いち早く地上に届ける計画もあります。

以前はロケットで衛星を打ち上げるのに1kgあたり5万ドルかかっていたので、人工衛星を開発するときに常に重さを軽くすることを考えていましたが、SpaceXのおかげで約6000ドルまで下がりました。重量はもはや問題ではなくなり、技術的な性能を最適化するための設計をしています。最近の打ち上げコストの変化とアジャイルな衛星設計は、宇宙でより面白いことができるようになったことを意味しています。。

そして、これからの10年間で一番エキサイティングなことは、新たなセンサ開発でしょう。私たちは3.5m解像度の熱赤外センサの開発から始めましたが、もっと面白いものを検出できるようにさらに改良していくつもりです!

せりか:HOTSATを通じて、社会にどんな貢献ができると思われますか?

アンソニーさん:世界をより持続可能に、そして安全なものにしていくことが私たちの使命です。宇宙から地球を俯瞰する衛星データは、透明性が高く、独立した情報源です。衛星データは人々を正しい方向に導き、政府や企業、そして一般市民が地球環境を改善するために何をすべきか判断するのに役立つはずです。

せりか:やはり衛星データは透明性が高い情報源であるという点がポイントになりますね。アンソニーさん、ありがとうございました!

せりか宇宙飛行士との対談シリーズ第24弾のゲストは、Satellite Vuの共同創業者兼CEOのアンソニー・ベイカーさんでした。

次回は、sorano meの代表取締役社長・城戸 彩乃さんをお迎えして、ウェルビーイングやサステナビリティへの衛星データの利活用の可能性についてうかがいます。お楽しみに。

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