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JAXAワシントン駐在員事務所・小野田勝美所長が語る「宇宙開発の熱気」【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#11】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第11弾となる今回のテーマは国際協力です。JAXAのワシントン駐在員事務所所長 小野田勝美さんをゲストに迎え、駐在員の仕事や有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」の見所をうかがいました。

アメリカ・ワシントンで働くJAXA職員

©︎小山宙哉/講談社

せりか:今回はアメリカにいらっしゃるワシントン駐在員事務所の小野田勝美さんにお話をうかがいます。小野田さん、お久しぶりです!

小野田勝美さん

小野田さん:JAXAのワシントン駐在員事務所の所長をしております、小野田です。実は、私は2008年に実施された宇宙飛行士選抜試験を受験したので、宇宙飛行士のせりかさんには親近感を持っているんですよ。今日はよろしくお願いいたします!

せりか:それは初耳です!さて、早速ですが、ワシントン駐在員事務所で小野田さんはどのような業務を担当されているのでしょうか。

小野田さん:ワシントンD.C.にはNASA本部がありますし、大統領府(ホワイトハウス)ではアメリカの宇宙政策を検討する国家宇宙会議が開催されます。その事務局や宇宙機関、大学、それから企業の方々との連携や調整をしています。

調整には二つの側面があります。まず一つは、JAXAが技術的にどういうふうにプログラムに参加していくかということです。もう一つは、日本とアメリカ、双方が意思疎通を図るためのお手伝いです。

アメリカの宇宙探査プログラムは、何十兆円という大きな予算がかかるため、政権の意向を強く受けます。たとえば、「月面ではなく火星を目指す」だとかいう話が出ると、SNSを中心に日本にもすぐに伝わってしまいます。そういう時に、これがどういう背景で出た話で、アメリカ政府やNASAはどう考えているのかを説明します。

こういう意思疎通の手伝いは現地にいないとできないことだと思います。それに相手をよく知っていないと腹を割った話は出来ませんから、「本当のところは?」という話を普段からできる関係性を構築しておくことが、駐在員の大事な役割ですね。

アメリカの宇宙業界は今、ものすごい興奮に沸いているんですよ!JAXAの若田光一宇宙飛行士は、ケネディ宇宙センターからSpaceXのクルードラゴン宇宙船に乗って国際宇宙ステーション(ISS)に行く予定です。さらに、アルテミス計画の最初のミッションにあたる「アルテミスⅠ」も、まもなく打ち上がります。宇宙旅行を成功させたベンチャーBlue OriginやVirgin Galacticもいますし、宇宙企業が星の数ほど登場してきています。

こんなに “めちゃくちゃエキサイティングなとき”にアメリカに来させていただいて、身に余る機会をいただいたと思っています。

せりか:素敵なお仕事ですね!

小野田所長に聞く、アルテミス計画の見所

せりか:ワシントン駐在員事務所では、アルテミス計画にかかわる業務も担当されているのでしょうか。

小野田さん:そうですね。アルテミス計画の一環で開発されている月周回有人拠点「ゲートウェイ」では、日本は最初に打ち上がる有人モジュール(通称HALO)にバッテリーを提供することになっています。

アルテミス計画で、1番目に打ち上げられるHALOに日本として何か貢献できるように調整しました。

GatewayとHTV-X ©︎JAXA

日本政府とNASAのゲートウェイの協力のための了解覚書きが締結されたのは2020年12月31日でした。トランプ前大統領が退任したのは、2021年1月20日。次の政権に向けて国際協力の楔を打つ形で覚書きに署名できました。今はゲートウェイ構築に向けた具体的な調整を続けています。

宇宙開発や探査のプログラムは、多くの方々がいろんなレベルで関わりながら進められています。僭越かもしれませんが、ワシントンに来てからは、日本の内閣府・宇宙戦略事務局や文部科学省、外務省と二人三脚のような気持ちで業務をしています。皆さんと手に手を取って、日本人宇宙飛行士が月に降り立つために努力しているという感覚がワシントンに来てから強くなりました。

せりか:小野田さんをはじめ、大勢の皆さんの協力によって、日本のアルテミス計画への参画が推進されているのですね。小野田さんが考えるアルテミス計画の見所を教えてください!

小野田さん:注目のポイントはたくさんありますよ。近々の注目は、月周回軌道にオリオン宇宙船を送るミッション・アルテミスⅠに日本の探査機「OMOTENASHI」と「EQUULEUS」が相乗りして打ち上げられることです。このふたつが先鞭をつけて月に向かってくれる、日本のアルテミス計画の最初のミッションで、私も期待をして見ています。

月面に着陸するOMOTENASHIのイメージ ©︎JAXA

人工衛星に感情はないかもしれませんが、勇気があるなあ!と思います。初めて打ち上がるSLSロケットに乗ってくれる6U(10×10×60cmサイズ)の衛星等を応援したいです!

アルテミスⅠの打ち上げの後は、オリオン宇宙船に初めて宇宙飛行士が乗って月面に向かうアルテミスⅡ、NASAの宇宙飛行士が月面に着陸するアルテミスⅢが続きます。そして、岸田首相は2021年12月に「2020年代後半には、日本人宇宙飛行士の月面着陸の実現を図ってまいります」と表明しましたね。新しく選ばれる宇宙飛行士は月を目指して訓練していくことになるでしょう。月面に日本人宇宙飛行士が降り立つ日が今後の注目のポイントになると思っています。

©︎小山宙哉/講談社

せりか:日本では、月面を走るローバの開発も始まっていますよね!

小野田さん:「有人与圧ローバ」のことですね。宇宙業界で働く私たちは、この「与圧」という言葉を当たり前のように使っていますが、ほかの方々からすると馴染みのない言葉かもしれません。これは気圧が調整されているという意味です。空気がない宇宙で人間は宇宙服なしでは生きていけません。アポロ計画では、宇宙飛行士たちは宇宙服を着てローバに乗っていましたね。でも、この有人与圧ローバでは宇宙服を着ないでも乗れるのです。アポロ時代とは全く違う生活環境を与えてくれるものだと思います。

宇宙に飛び立つ日を待つ人工衛星を見て、宇宙の虜に

せりか:ところで、小野田さんはどうしてJAXAに入構されたのですか。JAXAに入る以前から、宇宙開発には関心がありましたか。

小野田さん:良い質問ですね。大学を卒業してJAXA(当時は宇宙開発事業団、NASDA)に入ったのは偶然でした。もしかしたら必然とも呼べるかもしれませんが。

私は大学で国際関係論を学び、特に環境分野に関心があったので、環境問題に取り組んでいるような機関に進みたいと思っていました。関連の機関をあちこち見て、矢継ぎ早にエントリーをしていたところ、NASDAから電話がかかってきました。これは私がエントリーしたからなのですが、開口一番に「宇宙開発事業団です」と言われると驚いて、電話を切ってしまいました。怪しい団体なのかと勘違いしてしまったのです(苦笑)。父親に相談して、政府の関係機関だと認識しました。その後、人事の担当者がもう一度連絡をくださったので、採用選考に進めました。

最初はそんな感じだったのですが、出身大学のOBに話を聞きに行ったり、筑波宇宙センターに見学に行ったりするうちに宇宙に興味が出てきました。クリーンルームで、これから宇宙に行く衛星を目の当たりにすると、もう虜になってしまって!私がやりたいのはこれだ!と思いました。

無事にJAXAに入ることができ、一度は大学院に戻るために離れた時期もありましたが、ずっとJAXAで仕事をしています。私が関心を持っていた環境問題にもずいぶん取り組ませていただけて、自分のやりたいことを多くやらせてもらったなと感じています。

せりか:宇宙に行く衛星や機器に見入ってしまうのは、私もわかるような気がします!どんな人工衛星のプロジェクトに参加されましたか。思い出に残っている出来事はありますか。

小野田さん:印象に残っているプロジェクトは3つあります。まず、地球温暖化やオゾン層の破壊などといった地球環境をモニタリングするためのデータ地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)です。

種子島宇宙センターで撮影された地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」 ©︎JAXA

最近は小型の衛星が増えていますが、みどりは3トンを超える大型の衛星です。大型の衛星には多くのセンサを搭載できるので、海外の宇宙機関との共同プロジェクトを実施できます。NASAやアメリカ海洋大気庁(NOAA)、欧州宇宙機関、フランス国立宇宙研究センターの皆さんと一緒に衛星を作り上げていく過程は、やはり一体感が生まれましたね。

それから、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)のプロジェクトにも参加しました。

陸域観測技術衛星「だいち」が撮影した北海道の様子 ©︎JAXA

だいちが観測したデータは容量が大きく、当時の日本の技術では処理能力が追いつきませんでした。なので、各国の宇宙機関と協力し、データの処理を分担して、ユーザーに届けていました。データの処理技術が進歩していく過程を見られたのも良かったです。

宇宙とは切り離せない私たちの暮らし

小野田さん:一番印象に残っているのは、2002年に南アフリカ・ヨハネスブルクで開催された、「持続可能な開発に関する世界サミット」に参加したことです。今では衛星の観測データが環境問題への取り組みに役立てられていることをご存じの方も多いとは思いますが、2002年当時は全く知られていませんでした。それどころか、衛星の開発には費用がかかりますし、地球環境の敵だと思われてしまうような地位でして……。誤解をなくすために、衛星データが「こんなことに使えるんだ」ということをアピールしなければなりませんでした。

せいか:たったの20年前なのに、今とはそんなに状況が違ったのですね。

小野田さん:それで持続可能な開発に関する世界サミットに行って、サイドイベントを開催したり、サミットの成果文書として取りまとめる共同宣言に、衛星データの利用を入れてもらえるように交渉をしたりもしました。結果的に、サミットで発表された「持続可能な開発に関する世界首脳会議実施計画」には、衛星データもしくは宇宙という言葉が十数箇所も取り入れられました!これは画期的なことでした。今も地球観測プログラムに予算がついて、存続しているのは、このサミットの効果が20年経っても続いているからだと思います。

アメリカでも欧州でも、日本でも、地球観測プログラムが続いて、民間企業が参入してきています。全く世間に認められなかったところから、一気に花が開くところに行き着くことが、頑張ればできるのだとわかりました。国際関係のバックグラウンドと私の人工衛星愛が相まった楽しい仕事でしたね。今の仕事も全てこの経験の延長線上でやっているような気がしています。

せりか:素敵なエピソードですね。宇宙開発も宇宙探査も遠い出来事だと思われてしまいがちですが、私たちの暮らしを支える技術を生み出していますね。

小野田さん:そうですね。私たちの生活は、宇宙とはもう切っても切り離せないものになっています。スマートフォンのアプリ一つをとっても、人工衛星からの情報がなかったら成り立たないものが多くあります。天気予報だって、衛星の情報がなかったら、今の精度は達成できませんし。地球低軌道よりもさらに遠くへということで、月や火星を目指していますが、そこで生まれる技術は常に地上での暮らしの役に立っています。

一方で、地球上で環境問題が起こっているように、宇宙でもスペースデブリ問題や軍事利用が問題になってきています。宇宙も含めて、環境を大切にしていきたいですね。

せりか:宇宙開発が暮らしにどう貢献するのかを、私も引き続き発信していきたいと思います。小野田さん、ありがとうございました!

せりか宇宙飛行士との対談企画第11弾は、JAXAのワシントン駐在員事務所所長 小野田勝美さんにご登場いただき、打ち上げが迫るアルテミスⅠの注目ポイントや宇宙開発と日々の暮らしのかかわりなど、様々なお話をうかがうことができました。

次回のゲストはOrbital Insight社の創業者で会長兼CTOであるジェームズ・クロフォード博士です。クロフォード博士から、地球観測×AIによる社会貢献についてうかがいます。お楽しみに。


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