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【Breakthrough Discuss】地球外生命を求めて、4.2光年先を射抜く光となれるか!?Breakthrough Initiativeとワープスペース、二者の重なる未来予想図

 みなさまは、「Breakthrough Initiative」という団体をご存知でしょうか。Breakthrough Initiativeは、地上から高出力のレーザーを宇宙探査機に照射することで探査機を加速し、はるか4.2光年先にある恒星、プロキシマ・ケンタウリを探査して地球外生命体を探す「Starshot」計画などを提案している、新進気鋭の非営利団体です。ちなみに光は1秒間で地球を7週半するスピード(およそ秒速30万km)で、それが4.2光年かけて進む先は 30万 km/秒 x 4.2 年 x 365 日 x 24 時間 x 60分 x 60 秒 ≒  400兆kmで、これは地球と太陽の距離(1億5000万km)の約270万倍の距離です。このように聞くと少々突拍子もなく聞こえてしまうかもしれませんが、その実、「地球外の文明を探す」という錦の御旗の元、NASAエイムズ研究センターの重役やエンジニアたちをはじめとした、宇宙探査に必要とされる様々な分野の研究者に加え、故スティーブン・ホーキング博士やマーク・ザッカーバーグも関わる、現在最も注目すべきグループの一つです。

 そんなBreakthrough Initiativeが主催する年次カンファレンスとでも言うべき、「Breakthrough Discuss」が、2023年6月28-29日にアメリカはカリフォルニア州、サンタクルーズで開催されました。ワープスペースからは、事業開発メンバーの國井と、学生アルバイトの中澤が現地に赴きました。本記事では、Breakthrough Initiativeの紹介とともに、カンファレンスの様子、そして彼らの創り出す未来にワープスペースがどのように関わっていくのかについてお届けします。


「Are we alone?」の問いに答えを。系外惑星探査へつながる背景 

 1957年に人類初の人工衛星打ち上げが成功して以来、月や金星、火星までもが瞬く間に人跡未踏の地ではなくなっていき、その多様な実像が明らかになりました。そうした中発展した「比較惑星学」という分野では、生命が存在可能な地球という惑星の特性を整理して、地球のような「恒星の周辺において十分な大気圧がある環境下で惑星の表面に液体の水が存在できる範囲」を指す、ハビタブルゾーンという考えが普及していきます。

 1990年代には、飛躍的に発展した望遠鏡技術によって、我々人類は、太陽系以外の恒星を周回する惑星である、数多くの太陽系外惑星を発見しました。その中には、太陽系しか知らなかった人類からすれば驚くべき天体が数多く存在します。灼熱の巨大惑星「ホット・ジュピター」をはじめとして、水素が豊富な氷惑星である「ハイシアン惑星」。そして、その中でも特に注目を集めているのが、ハビタブルゾーン内に存在する、地球外生命の存在が有力視される「ハビタブル惑星」です。しかし、この様な系外惑星に生命が存在したとしても、地球から望遠鏡で観測するだけでは、得られる情報に限りがあります。

 では実際に、そうした天体に探査機を送り込めないのか?これまでの宇宙探査の歴史を振り返ると、そんな声は、SFとして一笑に付されてきました。なぜならば、太陽に最も近い恒星である「プロキシマ・ケンタウリ」でさえ、光の速さで4.2年かかる、遥か遠方にあるからです。人類が作り出した最速の宇宙探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」は様々な加速手法を駆使して、時速69万kmを達成しました。しかしそれでも光速の1000分の1には少し足りないぐらいの速度で、それでは「プロキシマ・ケンタウリ」までは直進しても4000年という途方も無い年月がかかってしまいます。

 したがって、我々は孤独なのか?我々に隣人はいないのか?こうした問いに対して、科学者は沈黙を続けることしかできませんでした。

人類が作り出した最速の宇宙探査機は、太陽を観測する「パーカー・ソーラー・プローブ」。太陽に最接近時に、時速69万kmを記録しました。(c) NASA

Breakthroughとなるのは「Starshot」計画。求められる光通信とのクロスオーバー

 そのような現状に対して、まさに「Breakthrough」を期して立案されたプロジェクトが、Starshot計画です。Starshotは、Lightsail(ライトセイル)と呼ばれる帆のような構造を持った探査機が、地上から高出力のレーザーを受けることで、探査機を光速の約20%まで加速し、太陽から4.2光年遠方にある恒星、プロキシマ・ケンタウリまでおよそ20年で到達することを計画しています。

Starshot計画のイメージ図。太陽の重力を利用して加速する太陽スイングバイに加え、地上から高出力レーザーをライトセイルに照射することで高速の約20%まで加速出来ることが理論的に示されています。

今回のBreakthrough Discussでは、観測天文学、そして宇宙機工学の両面から、このStarshot計画の学術的意義、工学的な実現可能性、そして地球外に知的生命体いるのかという心躍るテーマについて、活発な議論が交わされました。

 特に工学的な実現可能性の観点では、以下の4つの課題が挙げられています。

1. Lightsailに照射し、探査機を加速するための地上ベースの高出力レーザー
2. Lightsailの材料と安定性
3. 恒星間通信システム
4. 宇宙船の電力とエネルギー貯蔵

 特に3で挙げられている恒星間通信システムについては、4.2光年の遠方から、約20年間で100kビットのデータを転送する必要があります。このように遠大な距離の通信はもちろん人類にとって初めての挑戦です。従来の宇宙探査機では基本的に電波を用いて地上と通信していましたが、電波通信の場合、地上局と探査機の距離が大きくなればなるほど、データレートが低くなってしまうという問題がありました。そこで期待されるのが、電波に比較して長距離でもデータレートが落ちにくい光通信です。このことを踏まえて、昨年のBreakthrough Discussでは、ワープスペースCTOの永田が光通信とStarshot計画とのシナジーについて講演しました。

 今回のBreakthrough Discussではそのような講演の機会はありませんでしたが、二年連続の参加により、Breakthrough Initiative及びその関係者とより深い繋がりを得ることができました。

Breakthrough Discussから見える、議論における「多様性のリスク」と「相対化の重要性」

 現地参加した國井、中澤が特に実感したことは、今回のBreakthrough Discussには、超小型衛星の設計に関わるエンジニアや天文学をバックグラウンドとする研究者に加え、コンサルタント、パブリックセクター関係者の方々が集っていましたが、ワープスペースのような民間企業からの参加者は稀であったことです。現地でアテンドをしてくださった、Breakthrough InitiativeのJames Schalkwyk氏も國井に対し、「民間企業での開発経験や事業開発経験をもつ人材も多く集めなければいけない」と述べています。また、トークセッションに登壇した、宇宙建築や経済にも関わる学際的なデザイナーであるAntoine Faddoul氏も、「恒星間の有人宇宙旅行を実現するためには、宇宙建築に加え、インフラストラクチャーや経済プラットフォームの確立など、技術者だけでは解決できない課題に取り組むため、多方面の人材が必要」であることを主張しています。
 このように、地球外生命探査にむけた大規模プロジェクトに人材の多様性が求められる一方で、トークセッションに登壇したAlanna Krolikowski氏は、「例えば月の裏側には、太陽の電波などが届きにくい静かな場所など、『sites of extraordinary scientific importance (SESIs:特別に科学的に重要な場所)』がいくつか存在するが、科学、商業の両方の性格を持つ月探査ミッションが今後次々と計画されることで、これらの科学的価値が損なわれる可能性がある」ことにも言及しています。
 これらを踏まえると、多様性がイノベーションのエンジンになることは間違いないですが、それが他方ではリスクにもなりうる点が宇宙探査の分野でも重要な観点になってきていると分かります。現に國井は懇親会にて、「月面は岩石資源の塊ともみなせるが、なぜそうした資源を人類が使用しないのか。Hack the Moon!(月面を開拓せよ!)」との意見で盛り上がった場に居合わせており、多様な人々が集まり、多様な方向性への好奇心が渦巻く場で、自分と違う意見を持つ相手と議論し、自身の意見を相対化することの重要性を改めて感じたと述べています。

トークセッションの合間には、会場参加型のディスカッションが盛んに行われていました。写真のディスカッションテーマは、「Q. 地球外生命とのファーストコンタクトはどのようなものだろうか?」というもの。選択肢としては「A1. 太陽系内のバイオシグニチャー(生命の痕跡)」、「A2. 太陽系内のテクノシグニチャー(文明の痕跡)」、「A3. 太陽系外のバイオシグニチャー(生命の痕跡)」、「A4. 太陽系外のテクノシグニチャー(文明の痕跡)」があり、参加者は各自のスマートフォンから投票し、議論を行いました。

 また、Breakthrough Discussでは言わば各分野のプロフェッショナルたちが「地球外生命体はいるのか?」という一見SFチックな問いかけに対して、大真面目に議論している姿が印象的でした。特にその後の懇親会では、参加者各々が地球外の知的生命体への興味について語る中で、地球外生命という外側へのベクトルではなく、「知的の定義とは?」そもそも「生命の定義とは?」といった、内側へのベクトルを持つ議論が交わされていました。例を挙げると、ある参加者が「知的生命とは、パズルのような問題解決をする生物である」と述べれば、「タコでもアリでも細胞性粘菌でもパズルは解ける」という意見があり、また別の参加者が「生命とは、膜で覆われた代謝を行う自己複製体だ」と述べれば、「それは地球型の細胞生物の定義に過ぎない」という意見が出てきます。そうした多様な意見を聞く中で自分の意見が相対化され、それにより「『ある事実』を知っていて、その一方で別の『ある事実』を知らない」という状態が自分の考えを形作っている、と改めて実感することができました。これを一般化すれば、学問というものは人類が知覚できる枠組みでの範疇でしか体系化できない、ということでしょう。

 そのように考えれば、「科学、商業の両方の関係者が一同に介して議論し、お互いの意見を相対化することで、より持続可能な性格を持つプロジェクトを実現していく」というBreakthrough Discussの目的は、「地球人と地球外知的生命が一同に介して議論をし、お互いの意見を相対化することで、それぞれの知覚できる枠組みを押し広げ、ジンテーゼを得る」という、少し先の未来の相似になっていたのかもしれません。

(執筆:中澤淳一郎)


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