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夜のうちに被災地を観測。だいち2号の貢献と4号への期待【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#28】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第28弾となる今回は、災害時に被害の状況を宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)のミッションマネージャを務める祖父江真一さんをお迎えして、ミッションマネージャの仕事や地球観測衛星の貢献を教えていただきました。

JAXA入社のきっかけは、恩師と宇宙飛行士とのかかわり

©︎小山宙哉/講談社

せりか:今回は筑波宇宙センターにお邪魔して、だいち2号のミッションマネージャ・祖父江真一さんにお話をうかがいます。

©︎小山宙哉/講談社

祖父江さん:せりかさん、よろしくお願いします!

祖父江真一さん

僕が宇宙開発事業団(NASDA、現・JAXA)に入ったきっかけは、宇宙飛行士の毛利衛さんが日本人として初めてスペースシャトルに搭乗した際に行った宇宙実験に学生時代の研究室の先生が携わっていたことなんですよ。大学での専攻はロボット制御でしたが、宇宙には漠然と興味がありました。毛利さんと大学の先生が一緒に写った写真を見ているうちに、僕もNASDAに入りたいなと思ったんです。

せりか:そうだったんですね! NASDA/JAXAではこれまでにどのようなプロジェクトを担当されましたか。

祖父江さん:大学を卒業した後は、まず埼玉県鳩山町にある地球観測センターで勤務しました。地球観測センターには地球観測衛星が地球を観測したデータを受信する巨大なパラボラアンテナがあります。

僕は、海洋観測衛星「もも1号b」(MOS-1b)が1990年に打ち上げられる直前の1989年にNASDA入社しました。1992年には、日本初の合成開合レーダー(SAR)が搭載された衛星「ふよう1号」(JERS-1)の打ち上げが予定されていて、僕はJERS-1が打ち上げられた後にデータを受信・処理したデータを提供するためのシステムを担当しました。

SAR衛星とは
衛星が自ら地表に電波を放射して、その反射から画像を作成します。夜間や悪天候時も地表を観測できるのが特徴です。

当時のシステムは今とは全然違います。衛星の観測データを「汎用コンピュータ」と呼ばれる大型のコンピュータに入れ、LP盤レコードぐらいの磁気テープに記録していたんです。JERS-1は地球の全表面(全球)のデータを取得し、そのデータは国土調査、天然資源調査、農林漁業、環境保全、防災、沿岸監視などに役立てられました。

観測データは、搭載されている大型カセットテープのような磁気テープに記録していき、JERS-1が地上局の上空を通過するときに撮り溜めたテープを再生することで、データを受信していました。

地上局はアメリカ・アラスカをはじめ、海外のものも使っていました。膨大なデータをネットワークを使って入手するのにはコストがかかりすぎてしまうため、当時はJERS-1から受信したデータを磁気テープに収めて、定期的にアラスカから日本に輸送していましたね。1990年代半ばは、アメリカで急激にインターネットが普及し、アラスカから日本までオンラインでデータを送れるようになりました。

それから、「地球を見るのも、月を見るのも同じだから」と言われて、2007年に打ち上げられた月周回衛星「かぐや」(SELENE)プロジェクトに参加していたこともあります。

せりか:かぐやが撮影した月の地形データは、2024年1月の小型月着陸実証機「SLIM」の月着陸にも役立てられましたね! 今後の有人月面探査においてもかぐやのデータが活躍するのではないかと期待しています。

©︎小山宙哉/講談社
©︎小山宙哉/講談社

「宇宙兄弟」本編では、かぐやの次号機にあたる架空の探査機「かぐやⅡ」が
撮影した地形データが活躍します。

だいち2号と4号の特徴

せりか:だいち2号(ALOS-2)はどのような衛星ですか。改めて教えてください。

祖父江さん:だいち2号は2014年5月に打ち上げられた衛星で、Lバンドと呼ばれる波長帯のSARセンサが搭載されているのが強みです。

「だいち2号」地球観測時のSAR照射イメージ ©︎JAXA

海外のSAR衛星ではXバンドやCバンドの波長帯のセンサがほとんどです。特にXバンドは細かいところまで見えますが、植物を透過して見ることができません。SAR衛星は同じ場所を複数回観測して、そのデータを比べることで、地表の変化を捉える(干渉SAR)のに使われますが、日本は森林が多く、特に夏は草木が生い茂るので、XバンドのSARデータは観測から1カ月も経つと、データは比較できなくなってしまいます。そこで、だいち2号はXバンドよりも波長が長く、草木を透過して地表の様子を捉えられるLバンドのSARセンサを搭載しています。

2024年に打ち上げられる予定のALOS-2の後継機である先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)にも、LバンドのSARセンサが搭載されています。

だいち2号と4号はプロジェクトとしては分かれていますが、同じ系統の衛星なので、協力しながら運用していけるように、だいち2号と4号のプロジェクトメンバーは一緒に議論しながら進めているんですよ。

先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)の実機。白いSARアンテナから電波を送受信します。
だいち2号の3mの細かさで観測できる観測幅は50kmでしたが、だいち4号は200kmにひろがります。  

画像提供:井上榛香

地球上のどこの地域でも現地時刻の昼12時と深夜0時に上空を通過する軌道を使っているのもだいち2号と4号の特徴ですね。自ら電波を放射するSAR衛星は、電力をたくさん消費するので、太陽が一定の方向で当たり、電力が確保しやすい軌道を使うことが多いです。

しかし、だいち2号と4号は災害時に速やかに情報を収集するために、昼12時と深夜0時に上空を通過する軌道を選びました。夜中に土砂崩れや津波、洪水などの災害が起きた場合、航空機を飛ばしたり、人が現地調査をするのが、危険が大きく、かつ暗くてわからないですよね。最も被害の大きいと考えられる場所に翌日の朝すぐに緊急車両を配置するには、朝5時までに被害の全容がわかる情報が必要です。だからだいち2号と4号は夜間に観測し、データ解析を自動化して、翌朝までに関係機関にデータを提供できるようにしています。

それから、だいち2号と4号には船舶の識別信号を受信する装置(AIS)も搭載されています。一定以上の大きさの船舶はAISを搭載し常に電源をONにしておかなければならないのですが、一部の海外の船舶等においてはオフにして運航しています。SARデータでは、海は暗く写りますが、船は明るく写ります。ですので、SAR衛星はAISをオフにしている船舶を発見することができます。

衛星の運用とデータ利用を管理する「ミッションマネージャ」

せりか:だいち2号と4号の特徴がだんだんわかってきました! 祖父江さんの「ミッションマネージャ」とはどのような役割なのでしょうか。「プロジェクトマネージャ」は聞いたことがあるのですが……。

祖父江さん:JAXAの衛星プロジェクトは、基本的に開発段階から定常運用が終わるまでをプロジェクト期間としています。プロジェクトマネージャは衛星ごとに決められている成功基準(サクセスクライテリア)を達成するために衛星開発から運用までの技術の研究開発・運用とデータの利用までの全体の監督を担っているのに対して、ミッションマネージャは技術開発が終わった後の運用とデータ利用の全体を管理する役割を担っています。僕は定常運用期間からプロジェクトを引き継いだので、プロジェクトマネージャを務めた後、現在はミッションマネージャとなっています。

だいち2号の場合は、地盤沈下などの地殻変動に使える観測データを関係機関に提供することなどが含まれているので、僕はどこを観測して、ユーザーにどうやって渡すか、海外の機関とはどう協力していくかを決めています。衛星にスペースデブリが接近してきた場合は、デブリから衛星を逃すための運用をすることもあります。

ミッションマネージャの仕事は衛星の利用によって違いますが、プロジェクトを成功させるために、ヒト・モノ・カネを管理するという点は、プロジェクトマネージャとは変わりませんね。

せりか:なるほど、よくわかりました! 災害が起きたとき、だいち2号のデータは、どう使われているのでしょうか。

祖父江さん:例えば、地震が発生したときは、地盤の変動のほか、どこで土砂の移動が起こったかを見るのに使われています。1月1日に発生した能登半島地震では、だいち2号のデータから、地面が4m動いたことがわかりました。

「『だいち2号』観測データの解析による令和6年能登半島地震に伴う地殻変動」より
©︎国土地理院
第3回 衛星リモートセンシングデータ利用タスクフォース大臣会合 配布資料より
©︎内閣府

今回は、災害発生時に各国の宇宙機関が地球観測衛星のデータを提供し合う「国際災害チャーター」、「センチネルアジア」からも衛星データの提供がありましたし、国内の民間企業もデータ提供を行っていました。

こうした衛星データは僕たちのような専門家や中央省庁の方々は使えるのですが、被災地の自治体に渡して直接使っていただけるかというと、SARデータからの情報の判読は一般の人に難しいところもあって、利用用途が限られてしまい、衛星データの利用を進めるのは難しいなと思っているところです。

それから今後は、だいち2号と4号を使って、火山の定点観測にもより力を入れていこうとしています。マグマが上がったり、下がったりして山の形が変わる様子は、SAR衛星と地上の計測機のデータからわかります。だいち2号では約50、だいち4号では約110の活火山を観測する予定です。こうしたデータは気象庁などが火山の警戒レベルを設定する際に参考に使っていただけます。

せりか:SARデータは火山の観測にも使えるんですね! ところで、このセンサのようなものは何ですか。

祖父江さん:これは水田用の水位センサですよ。

せりか:水田用のセンサがどうしてJAXAにあるんですか?

祖父江さん:LバンドのSAR衛星データで、稲を透過して、田んぼの水位を調べられるかどうか検証しているところなんですよ。なので、最近はひたすら田んぼに行っていて、実は明日も田んぼにこの水位センサを設置しに行く予定なんです(笑)。稲を植えた田んぼに水を張ったままにしておくと、メタンが排出され続けます。「中干し」といって、田植えの1カ月後あたりに2週間程度、水を抜くと、メタンの排出量が40%削減されると言われています。カーボンクレジットのために田んぼの水位を正確に知りたいというニーズが出てきているのですが、使えるのは今のところだいち2号のデータだけです。

水田に設置した水位センサ (撮影:祖父江さん)

日本にいると水も食べ物も豊富にありますし、エネルギーもなくなるわけない、なんて思えてしまうのですが、やはり自然環境を軽視してはいけませんね。

民間衛星との協調観測も

せりか:最近は民間企業による地球観測衛星コンステレーションの構築も進んでいますね。民間企業に期待することを教えてください。

祖父江さん:災害時の被害状況の把握等で連携していきたいですね。「だいち」シリーズ衛星の観測幅は広域ですが、過去のアーカイブ画像と干渉SAR解析などで比較できるように全く同じ条件で観測するチャンスは14日に一回しか回ってきません。

だいち2号の観測幅は50kmでしたが、だいち4号は200kmにひろがります。とはいえ、だいち4号は200kmではまだ足りないんですよね。だいち4号を設計していた当時は、観測幅は200kmあれば十分だと思っていたのですが、線状降⽔帯が発生すると、複数の場所で土砂崩れが起きて200kmでは被災地の全容を捉えられないケースが発生しています。懸念されている南海トラフ地震が起きると、1000kmの幅を観測しなければなりません。

民間企業の衛星の機数が増えていけば、「だいち」シリーズ衛星との協調観測もできるようになるでしょう。例えば災害が起きたときに、まずは「だいち」シリーズ衛星のような大きな衛星で広い範囲を撮影して、土砂崩れや洪水などが起こっているエリアを見つけ出し、そこを3時間おきに民間の衛星で観測できるようになればいいですね。

こうしたタスキングの連携を実現するには、今のシステムだと衛星の観測データを一度地上で受信して処理し、連携する企業に送って、対応していただけるかどうかを確認する必要があるのですが、あまりスマートではないですね。将来的には、衛星が観測したデータを軌道上で処理して、連携する衛星に送信できれば、より早く観測ができるようになると思います。将来の衛星計画では、例えば船舶の検出などでは協調観測ができないか検討しています。

せりか:JAXAの大型衛星と民間企業の小型衛星で役割分担をしていくということですね!

祖父江さん:そうですね。僕が今、危機感を持っているのは、日本では衛星データを解析できる人材が不足していることです。衛星データを利用したい人たちは多いのですが、解析に興味を持ってくださる方は少ないんです。

そして、衛星データの解析をAIや機械学習に頼りすぎてしまうことも危険だと思っています。なぜかというと、データをAIなどで解析するだけでは、その解析結果が本当に合っているのかどうかを見抜けないからです。

最近は衛星データの処理にクラウドが使われることが多くなりました。衛星データがクラウド上で流通するようになり、例えばだいち2号のデータも登録されています。ところが、衛星データが再配布されていくうちに、データが一人歩きしてしまい、我々JAXAがクオリティを担保できるものなのかどうかはわからなくなってしまう恐れもあります。誰かが故意にデータを書き換えていてもわからないですよね。データの確からしさをどう維持していくかは難しいですね。

せりか:衛星データが身近になっていくと、新たな課題も出てきそうですね。最後に、祖父江さんが、宇宙開発が必要だと考える理由を教えてください!

祖父江さん:理由は2つあります。まず一つ目は、宇宙からしか見えないもの、できないことがあるからです。地球観測衛星が撮る地表の様子や気象衛星が撮る雲や水蒸気の動きなどは、まさにそうです。衛星通信や衛星放送も上手く宇宙を活用したアセットですよね。将来的には、宇宙空間で太陽光発電をして、電力を地上に送電する「太陽光発電衛星」も使えるようになるかもしれません。

二つ目は我々⼈類がどういう存在かを知るためには、宇宙を知る必要があるからです。例えば、月は地球に天体が衝突して、周囲に散らばった破片が集まってできたとされる「ジャイアント・インパクト説」があります。この説が正しければ、月には地球の過去を知ることができる地球誕生当時の岩石がそのまま残っている可能性があります。二酸化炭素による温室効果で表面の気温が約460℃となっている金星を調べれば、地球の温暖化対策に役立つかもしれませんよね。

せりか:宇宙を知ることで、人類や地球の始まりの謎を解き明かしたり、未来の地球を知ったりするヒントが得られそうですね。ありがとうございました!


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