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【STEE】光通信ネットワークを加速させる技術とは?欧州から見えるブレイクスルーの可能性

 欧州最大級のカンファレンスイベント「Space Tech Expo Europe 2023(STEE)」が2023年11月19日-21日に開催され、7500人を超える参加者がドイツ北西部、ブレーメンの街に集まりました。参加者のバックグラウンドは民間企業や宇宙機関など多様で、トピックもハードウェア、ソフトウェア両方のエンジニアリングに加え、宇宙食に関わるフードテックなど、非常にバラエティ豊かです。

 そのような欧州最大の宇宙の祭典に、ワープスペースからは、欧州拠点でシステムマネージャーを務めるBram DeVogeleerが参加し、パネルディスカッションに登壇しました。今回の記事では、その様子と、STEEにて発表された注目すべきトピックをお伝えいたします。
(昨年の様子はこちら

フランスに本社があるCailabsなど、欧州に拠点を置くグローバル企業も多くブースを出展していました。Bramは写真中央。

光通信を加速させる要因とは?マルチプロトコルの重要性

 Bramが参加したパネルディスカッションでは、「Accelerating Multi-orbit Connectivity and Downlinks to Provide Larger Data Transmission and Faster Communications(高速かつ大容量のデータ伝送を可能にする軌道間通信および衛星ー地上間通信を発展させるための課題とは)」というテーマで議論がなされました。 パネルディスカッションのモデレータは、宇宙関連の電子マガジンやポータルサイトを運営するドイツのSpaceWatch.GlobalのCEOであるTorsten Kriening氏、パネラーには、宇宙エレクトロニクスの研究開発に関わるスペインの企業Emxys CTOのFrancisco García De Quirós氏、カナダの通信事業者であるKepler Communicationsの欧州事業開発ディレクターを務めるBellen Andres氏、 Googleの親会社Alphabetから独立し、通信衛星ネットワーク事業を手がけるAalyria Technologiesのクライアント ソリューション責任者であるAshesh Mishra氏、モバイル通信や光通信のネットワークの先駆的研究に関わるドイツのフラウンホーファー・ハインリッヒ・ヘルツ通信技術研究所(Fraunhofer HHI)、Free Space Optics部門のAnagnostis Paraskevopoulos氏ら、錚々たる面々が集まっています。

 今回のパネルディスカッションでは、異なる軌道(Multi-orbit)の間で通信を行う際、そして衛星から地上へのダウンリンクの際に生じる課題と、いかにその課題を解決し、軌道間通信を加速させていくかについて焦点があたりました。その際の課題は、気象条件への対策や拡張性など多岐にわたりますが、本記事では特に、事業者間の相互運用性について詳細にお伝えします。

 ここで言う軌道間通信(Multi-orbit Connectivity)とは、地球低軌道(LEO)や地球中軌道(MEO)、静止軌道(GSO)に位置する通信衛星が相互に接続することや、衛星から地上へのダウンリンクを指しています。特に現在は、SpaceXのStarlink計画に代表される、宇宙空間を用いた高速通信ネットワーク計画がいくつかあります。Starlink計画のような地上に広いカバレッジを持つ通信ネットワークを提供するには、地上からのアクセスが比較的容易なLEOに大規模な衛星コンステレーションを実装することが必要です。 しかし、LEOでの衛星とデブリの密度が高まることで、それらの衝突の危険性が高まります。そのため、最近ではスペースデブリ政策の変更も行われ、監視と有事の際の迅速なレスポンスの必要性が高まり、運用コストの増大をも招くため、すべての事業者が、自分たちの理想とする軌道を取ることができるわけではない、という現状があります。

 そこで、一社単独でLEOとMEO両方に衛星を打ち上げるのではなく、MEOとLEOに通信衛星を配備する複数社間で連携して通信サービスを提供するといった可能性があります。その場合に肝となるのが、異なる軌道(Multi-orbit)、異なる事業者の間の通信を実現する相互運用性です。

 その際に課題となる点は、ネットワークを提供する各事業者の間で、通信プロトコル(ネットワークにつながる機器同士がデータをやりとりするための約束事)が異なる可能性です。例えば、宇宙機関等の通信は宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS : Consultative Committee for Space Data System、*1)により定められた規格はありますが、これらは必ずしも拘束力があるものではない上に、単一の規格を指定するものでもないので、各国の宇宙機関や、ESAのScyLightプログラムに含まれる高性能な光通信技術を実証するHydRON-ds(*2)プロジェクトといったプロジェクト単位でも、それぞれの運用に最適化された規格を今後開発していく可能性もあります。現状では、ある通信規格を持ったエンドユーザー、すなわち光通信端末を搭載した衛星が、他の通信規格を持つ衛星と通信することは困難です。この問題について、Bramは、

確かに、すべての宇宙機関や事業者が共通の標準を持つ状態が理想ではある。しかし現状では、多数のプロトコル間の互換をソフトウェアベースで行う技術(マルチプロトコルによる相互運用性:Multiprotocol Interoperability)を各エンドユーザーに提供することが、光通信ネットワーク市場を拡大するための鍵となる。

と語ります。このマルチプロトコルによる相互運用性の確立は、ワープスペースがまさに取り組んでいる内容です(*3)。

(*1 【JAXA】宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS : Consultative Committee for Space Data System))
(*2 【AIRBUS】HydRON-DS Phase A/B1)
(*3 【ワープスペース】ワープスペース、2023年度のNEDOの研究開発型スタートアップ支援事業「SBIR推進プログラム」に採択)

マルチプロトコルの開発に重要となる技術:eFPGA

 このようなエンジニアリングに関わるBramがSTEEで興味を持った内容は、eFPGAをベースとした、ソフトウェアベースのプラットフォームに関するものです。

 そもそもFPGA(field-programmable gate array)とは、回路素子の一種で、回路からいくつかのシグナルが入力された後に、それらの信号をAndやorなど論理演算により処理し、その結果を出力しますが、その際の論理演算をユーザーが現場でプログラム可能(field-programmable)な集積回路になります。すなわち、ワンチップのブレッドボードのようなものです。

 集積回路でFPGAとよく比較されるものに、CPUがあります。CPUの回路の構成は最初から決まっていて変更はできない代わりに汎用性に特化しており、メモリ内に計算や処理を実行するプログラムを入れ、CPUの回路を使って演算を行います。

 その点、FPGAはある目的に沿って最適な回路を設計するため、通信やデータ処理などの高いパフォーマンスが要求される場合に一般的に用いられる回路素子です(*4)。そうした背景から、FPGAは宇宙探査におけるOBC(Onboard Computer)にも搭載されており、データの処理をはじめとするシステムの維持に非常に重要な役割を持っています。

 近年、様々な電子機器が小型、軽量化され、ついにはワンチップだけで様々な回路素子が統合され単体でシステムとして機能する素子(SoC:System on a chip)が登場しました(*5)。そしてこのSoCにデジタルに組み込まれた(embedされた)FPGAこそ、eFPGA (embedded FPGA)です(*6)。Bramは、

マルチプロトコルによる相互運用を可能にするモデムやルーターのようなデータをやり取りするコンポーネントの開発には、eFPGAのようなソフトウェアベースのプラットフォームの開発が重要になってくる。またこのようなソフトウェアベースのプラットフォームを宇宙空間で運用する際、放射線によって生じる損傷への対策も、探査機の寿命に関わる重要な事項であり、私自身興味があり、注目している。

と述べています。

 STEEで繰り広げられたパネルディスカッションやeFPGAをはじめとする様々な技術的なバックグラウンドをもった方々との交流から、軌道間の光通信の可能性と課題、そしてその課題を解決するために重要となる技術について、改めて整理することが出来ました。人的ネットワークの広がりと知識の共有により、私たちの日常に革命をもたらす可能性を秘めた宇宙利用技術が次々と登場してくることが期待されます。今後も、宇宙での光通信ネットワークの発展から目が離せません。

BramはSTEEに集まった、様々な宇宙関連事業者たちと交流を深めました。写真左から、衛星用のアクチュエーターを開発するベルギーのVEOWARE、小型衛星のミッションマネジメントを請け負うドイツのExolaunch、宇宙プロジェクトマネジメントのソフトウェアプラットフォームを提供する米国のCharter Spaceなど、ワープスペースのネットワークは着実に広がっています。

(*4 【ビジネス+IT】「FPGA」をわかりやすく解説、CPUやASICとどう違うのか)
(*5 【Core contents】SoC(システム ・オン・チップ)とはどのような半導体製品か?)
(*6 【Chip estimate.com】What is embedded FPGA (eFPGA?))

(執筆:中澤淳一郎)

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