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所属する喜びについて

自分はどんな時に他者を求めるのか

自分の交友関係について、整理のために書きますが、長いので読み飛ばしてください。

小学生の頃、先生に一人でいることを心配されていた。ただ単に、本を読んだり、空想したり、「一人でやること」が好きだからひとりぼっちでいた。もちろん気の合う友達と遊ぶこともあったけど、2,3人の少人数が多かった。

中学生の頃、教室では結構一人だった気がする。よく覚えていないけど。別に友達がいないわけじゃなかったので、文化祭や運動会の後みたいに、クラスで頑張ったイベントの後は、打ち上げに参加して楽しい思い出を作っていた。

高校になると、グループ作りがより顕著になった。自分もよくいる友達がいたけど、移動教室やトイレは一人で勝手に行くことが多かった。寛容な友人が多く、それが原因で仲間外れになることはなかった。友達の誰かが誕生日の時の企画に参加するのは好きだった。

中高ともに、部活は吹奏楽部だった。その仲間とはよくつるんでいた。共通して、中学と高校は違う塾に通ったが、そこでも居心地は良かったように思う。

大学はめちゃくちゃ孤独を常に感じていた。どこにも居場所がないように感じた。よくしてくれる友人たちはたくさんいたのに、いつまで経っても落ち着かなくなった。別にそれが原因じゃないけど、2年の夏で大学を辞めた。

辞めてから、専門学校に入学した。全寮制の学校で、寝室に戻って眠る6時間以外は誰かと一緒だった。平日は好んで誰かと一緒にいた。休日は一人で過ごすことが多かった。

一緒に頑張ると居場所ができる

気づいたのは、何かを頑張っている時は誰かしらがいてくれていること。

部活は団体戦だったからもちろんのこと、クラスのみんなと盛り上がる運動会や文化祭の合唱コンクールは好きだったし、頑張った後のクラス会にはよく顔を出した。

高校の友人たちも、何かを企んでいる時が一番一緒にいた。一緒に朝早く学校に来て勉強していた友達もいた。

通っていた塾も、蹴落とすとかは一切なかった。ゆとり世代だったからかは知らないけど、みんなでがんばろうっていう先生だったし、みんなでがんばろうっていう仲間だった。だから真面目に頑張ることができて、勉強も概ねうまくいった。塾が一つの居場所に感じられていたのだ。

大学は反対に、自分が何も頑張る気がなかった。バイトばかりして、(バイトは頑張ったので仲間ができた)授業を「こなして」ばかりいた。特に学べたものがない。ここは後悔の念だらけだけれど、事実だし仕方ない。友人には恵まれたので、たまの近況報告が人生を頑張る支えになっている。

専門学校は、平日5時間くらい勉強していた気がする。授業中とったメモを、先生に見せるために寮に戻ってからまともな日本語に変換する。それからはひたすら実技の練習。廊下が消灯される22時を過ぎても、自習室にこもって夜中の24時まで。休みの日は1日は外に出て、1日は自習をした。自習室に一人きりということはほとんどなかった。常に誰かが頑張っている、今思えば最強の環境だった。

仲間をこれからも求めていきたい

何かをする時、自分に必要なのは意識の高さとかモチベーションじゃなくて、仲間やコミュニティなんだと思う。サロンに入る、とかそんな大規模なものじゃなくてもいいから、一緒に頑張ろう、という仲間を見つけて、社会に居場所を確保していきたい。

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