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いしも・ともり
2024年6月29日 23:35
「侑くん? ……あの侑くんなの?」 低い声、高い身長、広い肩幅、骨ばった長い指。あのかわいい侑くんとは、似ても似つかない……。いや、よく見るとやはり目元はあの『侑くん』だった。幼稚園児だった男の子が急にカッコいい青年となって姿を現した。 オレンジ色の夕日が向かいの窓から差し込むのを、眩しそうに手で影を作りながら、目を細めて私だけに向ける笑顔。映画のワンシーンみたいだ。一瞬、少女漫画みたい
2024年6月28日 13:04
12年前9月、2学期のはじまり——。 12年前、悠は終点『下河原駅』近くにある、河森中学校の3年生だった。人付き合いが苦手、いわゆる『コミュ症』の悠は、友人といえる友人もおらず『これが中学生最後!』と熱の入るイベントにも興味はなく、体育祭の準備に燃える同級生たちを横目に、ただひたすら邪魔にならないように影を潜め、小さくなって過ごしていた。 夢中になれるものもなく、かと言って学校が終わっ
2024年6月27日 01:06
有田悠。 事務職、8:30〜17:15勤務。17:14パソコンの電源を落とし、終業の合図と同時に席を立つ。「お先に失礼します。お疲れさまでした」 ぽそりとつぶやく挨拶は誰の耳にも届かない。当然何の反応もない。ロッカーで制服から私服へ着替えたら、最寄り駅まで徒歩10分。そこから1時間20分電車で揺られ、終点から2つ手前の『田河駅』で降り、家路につく。田河駅周辺は、南側を向けば山が広がり、