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私小説の極北、嘉村礒多のススメ
嘉村礒多(かむらいそた)が好きだ。
太宰治は『斜陽』で、札付きは良いことだと作中の人物に言わせているが、嘉村礒多はまごうかたなき、札付きのクズ男である。
・ほとんど稼ぎがない。(ほぼヒモ)
・妻の妊娠中に愛人とイチャイチャ。
・生まれた子どもに嫉妬して愛人ととんずら。
・ささいなことでキレる。(原因は大抵被害妄想)
(嗚呼、今を生きる人でなくて良かった! 今だったら炎上のすえ追放かもしれない・・・)
嘉村は、そうした自分のクズっぷりを寸分のナルシシズムもなく描きつづけた稀有な作家なのだ!!!
太宰のような「エヘッ。僕ってちょっと憎めなくて可愛いところあるよねっ!」的な自己弁護がない。全くない。
恥を恥として描き、クズをクズとして描く。
・・・なんちゅー潔さ。武士か。
代表作の『曇り日』を見てみよう。
「わたし」は、愛人おゆきとつましく暮らしている。
ある日、おゆきが「百五十円ほど貸してほしい」と珍しく金の無心をする。
聞けば、恩人の結婚式のために着物が入用だという。
女に金を使われたくない「わたし」は、散々「バカーあほーダメーっ」とじたばたした末「普段着で行けばよろしい」。
(えええええええええええーっ!? 何をシレっと!!)
しゅんとするおゆき。(そりゃそうでしょ)
さすがに可哀そうになった「わたし」は、おゆきに着物を買ってやり、実に晴れ晴れとした気持ちで結婚式に送り出してやる。(最初からそうすればいいのに)
「すそを踏まないように、気を付けてね」なんて優しい言葉までかけてやる。(あらやだ、「わたし」ったら。やればできるんじゃないの)
おゆきの帰りを待ちながら、ルンルン気分の「わたし」。楽しみすぎて珍しく仕事(一応編集者)しちゃう。まあ、なんだかんだ言って愛してるのね、と微笑ましく思っていると、さすがの「わたし」は一枚上手。彼が待っているのはおゆきではなく、彼女が持って帰ってくるであろう豪華な「折詰」。お弁当でございます。(食い物かよ!?)
着物買ってあげたんだから、きっとおゆきはお弁当、全部食べていいって言うはず!! 言わないわけがなかろう!!(恩着せがましいな)
エビとか入ってるかも? 卵もあるよね? 蒲鉾とかも好きだわ~。
ところが。仕事を終えて帰ってみたら、おゆきは疲れてぐーぐーぐー。
その傍らに、からっぽの折詰!!!!!!
エビ・・・たまご・・・か、ま、ぼ、こ・・・(たぶん泣いた)
「横着者奴!」(原文ママ)
カラの弁当箱を蹴っ飛ばし、罵詈雑言の嵐。
しまいに泣く。(泣きたいのはおゆきだよ)
次の日、作家の卵仲間の嫌味な男がやけになれなれしい。ニヤニヤしながら「昨夜のこと、小説に書いちゃおうかな~。んで、師匠に見てもらっちゃおうかな~」。昨夜の喧嘩を見ていたらしい。
急にオロオロしだす「わたし」。
うわーん、僕がダメ人間だってバレたら師匠に嫌われちゃうよォォ!!
仕事も手につかない。(・・・いつものような気もするけれど)
さて。これで『曇り日』の八割が終わったことになる。
普通、このあとに続くのは、ちょっとした自己弁護だと思われる。
実は「わたし」、普段はこんなんじゃなくて、人を助けたり、おゆきをものすごく大事にしてたりするんです。恥ずかしくって隠してただけなの、うふふっ。読者の皆さん、「わたし」って悪くないでしょ?みたいな。
しかし、礒多はそんなことはしない。その筆はどこまでも潔い。暴走、と言えるかもしれない。
礒多が「わたし」のために用意した最後のエピソード。
「不審者だと思われて、警察に咎められたこと。」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ぐはぁっ!! 私だったらそんなん思い出しただけて血反吐的体験!!!そ、それをこんな、万人の目に触れる小説に書いてしまうなんて!!!!
すげえ、すげえよ、礒多!!! かっこよすぎるだろ!!!
まさに極北!!! 古今東西ここまで自分をクズ扱いする作家が他にいますか?! 世界共通語にしたいくらいです、ISOTA!
最大級の恥をぶっこんで、言い訳一切なしでこの作品は終わるのだ!!!
・・・ここまで書いてきて、私は悔しくてたまらない。
私の拙い文章力では、礒多の面白さは半分も伝わらないだろうから。
生の礒多はすごいんです!! こじらせまくってて可愛いんです!
内容のぶっとび加減はもちろん、その文章もとんでもなく面白い。
それが嘉村礒多です!!日本文学史の宝です!!!
だまされたと思って、どうか一読!!!
『業苦・崖の下』(講談社文芸文庫)
最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。