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NovelJam2018回顧録 第6話

「異」と「差」の違い

Twitterの印象とは違うな。
ペンネーム「腐ってもみかん」君(以下みかん君とする)とのファーストコンタクトで抱いた第一印象である。

文章を書かせることで、よりその印象は前向きなものへと変わっていった。影がありつつも、大人っぽい艶がある地の文と登場人物。ラッパーということもあり、テンポも良かった。
アイスブレイクで話を聞いているうちに、社会問題への強い関心があることもわかった。社会派の小説か。そう言えば去年、藤井太洋先生が「もっと社会や政治を題材にした作品が読みたい」と言っていたな。そのエピソードを伝えると、みかん君は藤井賞を獲るぞ! と明るい声を張り上げた。

怪獣が登場する小説を書きたいとのことだった。その怪獣は平成に起った様々な事件や事故の比喩であり、主人公はそのメカニズムを解析していくうちに……。というのがプロットだった。
なるほど、面白い。僕は小学6年生のとき、塾の先生(社会科担当)からプレゼント松本清張の「日本の黒い霧」を読んだ。小説家が描く社会分析と推理の深さに、僕はゾゾっとした(もちろん、一部は破綻した説もあるのだけど)。ああいう感覚が蘇るとすれば、楽しみである。

そして、プロットをつくる過程で、弱点もはっきりした。
みかん君のデスク周辺には、大量の付箋が貼られている。一つひとつには平成に起った大小問わない重大事件が記されていた。そして、どれを選ぶべきか悩んでいる。
情報の整理整頓は苦手そうだ。みかん君はまずテーマを決め、人物を動かし、それに対応する時代背景やストーリーのバックグラウンドを僕が補強していけばいい。そうすれば、順調に進むだろう。そんな実感があった。

翌朝、みかん君の説明を聞いて僕は面食らった。物語や登場人物における哲学や概念を長々と説明したのだ。

うん、それは任せるよ。
でも、話の流れはどう進むの? 選ぶ事件はどれ? 主人公の進藤駆の性格や年齢は? いいキャラクターだから、もっと設定を深めてみない? あと、お話のゴールは何を目指すの?
不透明な回答が、延々と続く。
結局、まずは1000文字程度書かせてから、話の流れを決めることにした。

一通り、小説のかたちが見えてきたところで、原稿を読む。そして再び驚いた。
昨日聞いた話と、全然違うぞ……。

プロットはプロットであり、そこから話は大きく飛躍するものだ。そういうことは重々承知していた。
しかし、こんなに話が変わることがあるのだろうか? テンポの良さは残っていった。だが、地の文も登場人物も、どういう訳か「幼さ」が目立つようになった。ゾクッとした第一印象の面影は、薄らいでいた。

一体全体、これはどういうことなのだろう……。

人間は常々比較し、比較される悲しい性がある。
ただ、比較には2つの類型がある。それが「差」と「異」だ。

「差」というのは同じ基準で関係がつくられることを指す。テストの点数や役職による上下関係などが挙げられる。
一方で「異」は違う基準で関係がつくられる。小説家とプロ野球選手、どっちが優れていますか? なんていう質問をぶつけたら、いやいや、お互いに「異」すぎて差なんてつけられますか? となる。

そう、みかん君と僕は、究極的に「異」である。性格的にも、文学的にも、社会的にも、全く対極の位置にいる。唯一の共通点は同い年であることだ。
そして、物語の構築方法も「異」だった。抽象的な概念を、じわじわと広げていく者。ゴールを明確にし、徹底的にリアリティを掘り下げていく者。みかん君と僕は逆のベクトルでお話をつくっていく。

強引ではあるが、何度かストーリーの方向性を決めてしまおうと試みた。しかし、うまくいかなかった。
ただ、みかん君はその類い稀なコミュニケーション能力を活かし、色々な人からアドバイスを貰っていた。しかし、それが上手くいかないときは情報の海に溺れることとなる。少し自分の作品から離れなさい、と指示をだした。みかん君は部屋の中をひたすらぐるぐる回るばかりだった。

僕は憔悴していった。ストーリーが面白いとかつまらないとかではなく、「わからない」のだから。そして、次第にストレスが貯まっていく。僕と彼に横たわるのは「差」ではないか。心の中で黒いものが、すーっと広がっていく。

僕とみかん君の間で口数が減る一方、藤沢さんとみかん君の会話は増えていった。


吉岡里帆のイメージで発注した表紙が、夏菜っぽい感じで完成したそうだ。僕も確認する。でも、吉岡里帆も夏菜も頭に思い浮かばなかった。そもそも、表紙に載っている辻飼茜というキャラクターは突然原稿に登場し、いつの間にか重要な役割を担っていた。辻飼茜とは何者か? を考えるだけで精一杯だった。

藤沢さんは、僕が持っていない資質を沢山持っていた。小説を読む・書くに関する様々なスキルを提示して下さったことはもちろん、特に大きかったのはチーム内の対立の芽を潰す「調和性」の資質だった。
僕はわりと向上心が強い人間である。故に、それが強くなり過ぎると人と揉める。普段はなるべくそうならないよう、言葉では「勝ちましょう」や「上を目指しましょう」と言わないようにしている。言わなくても、態度や行動で自然と出てきてしまうのであり、それが世間的には丁度よかったりする。

ただ、NovelJamの環境は過酷だ。ギラギラした空気に包まれている。それに呼応し過ぎてはいけないと解っていても、頭が熱くなる瞬間があった。
その熱を穏やかにして下さったのが、藤沢さんだった。状況を考えた上での、冷静な技術論や返答。それに関しては、みかん君はうんうんと頷いていた。
かずはし先生が大作参戦記を描き上げた動機が、とてもよく解る。そして、負担を増やした申し訳なさで一杯である。

みかん君の物語は佳境を迎えていた。しかし、ラストで躓いていた。最終チェックポイントが近づいていることを口実に、彼の原稿を精査することにした。
問題は地の文と会話文のバランスだと感じた。地の文で登場人物の進藤駆の心情が述べられているのとほぼ同じことが、辻飼茜の台詞と被っていたりする。いくらリズムが良くても、会話文が説明的になってしまっては、物語としての魅力を削いでしまう。
会話文にメリハリをつける。そして、前半部分は会話ではなく、描写で勝負する。
指摘ポイントはこの1点に全てを注ごうと思った。幸いにも、藤沢さんがその他のポイントに赤をいれてくれたことも大きかった。

僕の提案(もとい、率直な不満)はもちろん、みかん君にとっては承服しがたいものだった。抽象的な反論と、強烈で一方的な指示が空中を飛び交う。一体、何分言い合っただろうか…。
この大会の中で最も自分をコントロールすることが難しかった時間は、間違いなくここだった。最後のほうはもう、自分が何を言っていたのかも、あまり覚えていない。

ぽっかりと制作時間に間が空いた。みんなは完徹でやりきりたいと言った。藤沢さんの少し寝ても良いのでは? というアドバイスに、僕は素直に甘えることにした。
時間は深夜3時半だった。1時間半あれば、最終原稿に近づくだろう。目覚めてスッキリした頭で読めば、もっとスマートなアドバイスができるはずだ。

暗くなった部屋で、寝巻きにも着替えずに僕はベッドの上で寝転んだ。悪夢は目覚めたあとにやって来るだなんて、知る由もなく…

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本連載をより楽しむには、下記の2冊を合わせて読むと更に楽しいです。

◆平成最後の1日を、逃げる二人の行く末は? アラサー女子が織り成す優しいロードノベル/新城カズマ賞受賞
藤崎いちか著「平成最後の逃避行」
https://uwabamic.wixsite.com/heiseisaigo

◇怪獣が現実に現れるようになった平成を舞台にした、生きる意味と恋を巡る青春ビルドゥングスロマン!!/海猫沢めろん賞受賞
腐ってもみかん著「怪獣アドレッセント」
https://uwabamic.wixsite.com/kaiju

【次回予告】事件は朝から始まっている。道を外れた我々の、NovelJamのゴールはいったい何処に? お楽しみに!?

第7話はコチラ

どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)