NovelJam2018回顧録 第7話
逸走
2月12日の朝5時、言葉を失った。
藤崎さんは仮眠をとっていて、原稿はもう一息だそうだ。いや、これはいい。
みかん君の原稿はあまり直っていない、それどころか、新しい話が加えられるかもしれない、と。
僕はわりと、心配性なところがある。
大丈夫? どうかしたの? 悩んでいませんか? ……ということをついつい聞きたくなる。が、そういうせっかちさは作家の気分を害することもある……と藤沢さんにたしなめられたので、ある時からじっと腕を組み原稿を待つことにした。
その心配性ぶりが遂に抑えられなくなった。
正気か。完成に辿り着けないじゃないか。何を考えているんだ!?
が、ここで自分の心配性の沸点が一気にオーバーし、怒りへと変わった。思わず言葉が漏れる。
そう、それがみかん君の導線にも、一気に火をつけてしまった。
◆
「和良さん、目が怖いよ……」
隣に米田淳一さんがいた。
良かった。隣の班に顔見知りがいて。米田さんのフォローが無ければ、もっと孤独な思いでここにいたかもしれない。NovelJamに参加したのが正解だったはわからないけれど、日本独立作家同盟に参加して、「月刊群雛」に寄稿し、それに毎月論評をして下さる米田さんを追いかけ続けて、異なる立場で切磋琢磨していたのは正解だった。CチームとEチームが隣り合わせになったのは、これまでセルフパブリッシングを頑張ってきたことに対する、神の報いに違いない。偶然ではない……。
みかん君は、いつの間にかいなくなっていた。
どこへ逸走していったのだろうか。
それから十数分間はやんややんやと、僕の周辺に人々が集った。何か二言、三言くらい質問に返答していた気がする。目覚めた藤崎さんの「何かあったんですか?」も、意外とツボだった。
ただ、そのとき僕の頭を占めていたのは、こういうことだった。
もっと早く、彼を怒らせておくべきだった。
◆
最終チェックポイントの時点で、みかん君との人間関係はほぼ崩壊していた。
ただ、最後は著者の力に委ねようと思い、一歩引いて次の工程に向かわせた。
この中途半端に落としどころをつけてしまったのが問題だった。
【WIN-WIN】の次に重要視すべき選択肢は、【LOSE-LOSE】でもなければ、どちらかが一方が【WIN】になることでもない。
【NO DEAL】。ようするに、双方合意の下で取引を中止することだ。
あのとき、もうお互いがお互いをリスペクトできない関係の中で、【NO DEAL】の引導を僕から渡すべきだったのではないか。
あるいは、早い段階で感情を爆発させることで、冷静さを取り戻すサイクルを早めるべきだったのではないか。
でも、それをする勇気が、あの時間の僕には無かった。
◆
午前6時を過ぎていた。藤沢さんは仮眠のため、部屋に戻った。素早い表紙作成はもちろん、執筆における技術的なアドバイスも的確だった。どんだけ頼っているんだよ! とツッコまれてしまいそうなくらい。でも、船頭が2人いて正解だった。
朝の執筆部屋は、文字をタイプする雑音だけが小さく響いている。この音を聞きながら、目を閉じ次のステップを考える。
まず、この執筆部屋に戻ってこない場合。
これはもうリタイアだ。8時を過ぎたら編集が運営に事情を説明する。覚悟はできている。以上だ。
次に、部屋に戻ってきたけど、作品が完成しなかった場合。
これももちろん、リタイアだ。締切というルールを守れぬ者に、余計な慈悲を与えてはいけない。
「完成に導けない編集だなんて…」と叩かれても大いに結構だ。覚悟はできている。以上だ。
最後のケースは「最終チェックポイントの作品を提出したい」と言われたケースだった。
一応、昨晩の最終チェックポイントで提出した作品は<了>を打っても遜色ない原稿となっている。
別に制作過程のプロセスを話さなければ良いだけである。
ただ、これも僕はノーと言うだろう。
なぜか。それは僕が掲げたポリシーに反するからだ。
「自分自身が自信をもっておすすめできる作品を生み出す」。
それはみかん君にとっても、チームEにとっても、そしてココに属する僕にとっても「自信をもった」作品でなければならない。
プロセスに問題が詰まった、直す手前の原稿を、果たして自信を持って他者に紹介できるのだろうか?
それは賞を獲るであるとか、売るであるとか以前の問題だ。
申し訳ないが、君との関係はここで終わりだ。
ただ、君がつくった物語そのものを、僕の手で破り捨てるつもりは無い。
作品を抱いて、今すぐ下山しなさい。
「完成しました!」
藤崎さんの声が響いて、ふと気を取り戻した。
時間は午前7時。チームEの席にいるのは、藤崎さんと僕だけ。
もはやこれまで。
◆
最後の準備を進める傍ら、藤沢さんも再び合流した。
藤崎さんの作品、すごく良い感じです。そんな手応えを語り合った。
提出フォームにも所定事項を入力し終えた。これを確認をし、印刷した原稿を人数分まとめれば、ゴールである……。
その時だった。
部屋に見覚えのある青年が近づいてきた。
遂に来たか……。
ドアを開けた青年は、開口一番で驚きの一言を口にした。
声をあげながら、藤沢さんのほうへ近づいていく。
?
完成しました?
正直に白状すると、「完成しました」というケースは全く考えていなかった。
タブレットを立ち上げた青年は、何とかデータをプリンターに送ろうと必死になっている。
そもそも、昨日も接続が悪くてダメだったし、今は他班の印刷で大混雑中なのだが……。
しかしまあなんと言えばいいのだろうか。
僕はもう、
お前が一体何を考えているのか
全然わからない……
プリンターの周辺をぐるぐる回りながら、明るい声をみかん君は発している。
完成した物語を、この時点では読む気にはなれなかった。
ただ、この状態で捨て台詞を吐くのはよろしくないことも、自明の理である。
僕は淡々と事務的に、指定されたURLを開き、「怪獣アドレッセント」の概要をフォームに埋め込んでいくことにした
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本連載をより楽しむには、下記の2冊を合わせて読むと更に楽しいです。
◆平成最後の1日を、逃げる二人の行く末は? アラサー女子が織り成す優しいロードノベル/新城カズマ賞受賞
藤崎いちか著「平成最後の逃避行」
https://uwabamic.wixsite.com/heiseisaigo
◇怪獣が現実に現れるようになった平成を舞台にした、生きる意味と恋を巡る青春ビルドゥングスロマン!!/海猫沢めろん賞受賞
腐ってもみかん著「怪獣アドレッセント」
https://uwabamic.wixsite.com/kaiju
次回、回顧録は最終回です。お楽しみに?
最終回はコチラ
どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)