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【掌編小説】猫の星

 猫が星になる夢を見た。つまり、猫が死ぬ夢。
 予知夢なんて大層なものではない。私が飼っている猫はもうすぐ旅立つ。だからそんな夢を見たに過ぎない。

 タマ、なんて古い名前を付けたのは半分ギャグのようなものだった。
「逆に珍しいでしょ」と、ノリで名付けた。命の責任などと深いことは考えずに。

 タマはよく学内をウロウロしていた。珍しくも何ともない茶虎の猫で、学生や事務員から餌を貰って生きていた。
 私は大学の近くで独り暮らしをしていたので、道端で見かけることもあった。でも餌を与えたことは無かった。
 何を気に入ったのか分からないが、タマはなぜか私の家に上がり込むようになった。
 人間には猫を愛でる本能でもあるのだろうか。幸せそうに眠る猫を見ていると、飼うのも良いな、いや、むしろ飼いたいな、と思った。
 在学中、タマは大学と私の家を行ったり来たりしていた。
 卒業と同時に私が引き取った。と言っても誰かに許可を得たわけではない。タマを可愛がっていた人からすれば、私は誘拐犯だろう。
 けれど、タマが私の傍で生きることを選んだのだと思う。

「一緒に行く?」

 そんな問いかけに、タマはタマなりに答えた。
 引っ越しの準備中、タマは家から一歩も出なかった。気づけば段ボールに入っていて、私と一緒に行こうとしているのだと気づいた。

 
 引っ越し先は郊外のアパートだった。私はタマを外に出さないようにした。タマもそれを受け入れて、窓際で日向ぼっこをするのが日課になった。
 一緒に暮らし始めてから気づいた事だが、猫も寝言を言うらしい。
 むにゃむにゃだの、ぷーんだの言って眠るタマは幸せの象徴だった。

 そんな暮らしが八年続いたある日、タマが餌を食べなくなった。
 何ヵ所病院を訪ねただろう。何処へ行っても原因は分からずじまいで、焦りだけが募ったが、ある先生が「老衰かなぁ」と呟いたのをきっかけに、病院へは行かなくなった。
 タマの年齢は分からないが、少なくとも十二才以上であることは間違いない。
 もう引退の時期なのだろう。タマはそれを受け入れて、餌を食べなくなったのかもしれない。
 日に日に弱っていくタマは、それでも変わらず窓際でくぷー、くぷーと寝息をたてている。寝言も忘れずに、幸せの象徴然として眠る。
 音をたてて崩れるまで、タマはずっと私の幸せそのものだった。

 火葬車の存在を初めて知った私は、天井から吹き出る僅かな灰に目を奪われた。
 行くんだね、と思った。私の手の届かない所へ――。
 一時間もしない内にタマは骨になった。
 骨の説明をされたが、ぼんやりしていて何が何の骨かよく分からないまま時が過ぎた。

「綺麗な星ですね」
「ほし?」

 私の意識を惹き付けた星という言葉。

「猫の尻尾は星の形をしているんですよ」

 タマの尻尾の骨は本当に綺麗な六芒星だった。

「骨壺には入れずに、手元に置いておく方もいらっしゃいます」
「私も、そうしたいのですが……」

 その人は小さなカプセルにタマの尻尾の骨を入れた。

 タマは片手で持てる程、小さな骨壺に収まってしまった。
 私は骨壺を窓際に置いた。日に当たるとあまり良くないかもしれないが、そうしたかった。
 手元に残った尻尾の骨を感心しながら眺めた。
 骨まで可愛いなんて知らなかったのだ。
 やはり、人間には猫を愛でる本能が備わっているに違いない。この小さな星が愛おしくて愛おしくて、本当に食べてしまいたいくらい、愛おしい。
 この星を食べたら、タマが私の一部になるような気がした。
 でもきっと、私は食べられない。
 ずっと触って、ずっと求め続けるのだ。

 可愛い、可愛いね、タマ。今日はどんな夢を見てるの? 私が出てきたりするのかな。
……会いたいな。
 なんて言ってみたりして。

 朝も夜も、タマの星は私の傍で輝き続けるのだろう。
 忘れられない、鮮烈な光を放ちながら。

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