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人に恵まれる

こんにちは、つなです。noteをご覧いただきありがとうございます。

最近私は仲の良い友人と二人でバイト先の近くのホテルでお泊まり会をしました。

その友人とは大学ではじめて話すようになったのですが、似ているところが多いだけでなくお互いの認識が違うところについてもとことん深い話が出来て勉強になる、私にとって本当に大切な友人です。

丸一日、いろいろなことがありましたが、(徒歩10秒の場所にウーバーイーツする、買ったあんことお餅のパイの中にあんこもお餅も未封入)今回は特に夜中にホテルの屋上でほろ酔いの状態のまま将来について語りまくった際に、いろいろ考えさせられたことがあったので、そのことについて少し書いてみようかなと思います。


人に恵まれるってどういうこと


屋上で、私たちは人に恵まれているよねとココアをお供に話していました。

私と友人はアルバイトとサークルという2つの共通したコミュニティがありますが、そのどちらも本当に優しくていい人がたくさん、たくさんいるのです。


振り返ってみると、たった20年の人生ですが、自分自身とても人間関係に恵まれているなと感じながら生きてきました。

中高の部活のメンバー、クラスで一緒にいてくれた子たち、サークルの先輩、同期、後輩、それに今あげたようにバイトの先輩や友達、、、

皆がいたから私は学生生活を楽しむことが出来ました。



でもなんで私は人に恵まれたと感じているのかな、、とふと考えたのです。

自分の過去を振り返ったとき、それは楽しいことだけではありません。なんで私は恵まれていたと感じることが出来たのでしょう。


私なりに考えたこの問いの答えは

・自分にとって恵まれていないといえてしまうような人間関係には無理して近づかないという行動力があった

というものです。


一見、人間関係というのは選ぶことが出来ないように見えます。実際に、友人と深く話すまでは私自身も運が良かったのだなと思っていました。

だけどよく考えてみると、私は自分で人間関係を選択していたのです。


人間関係が息苦しくて辛かったアルバイトは勇気を出してやめました。

高校時代、本当に息苦しかったクラスの人間関係も勇気を出して伝え、距離を置くという選択をしました。


これらの選択は、いまでも正しい物なのか私にはわかりません。後悔が全くないわけでもありません。だけど、私がこの行動をしたことで、私にとってよりよい環境に身を置くことが出来たのは確かです。



ここから私は何を伝えたいのかといいますと、

恵まれたものというのは運ももちろんあると思いますが、何かに飛び込む、何かを思いきってやめるという選択や行動があってこそのものだということです。

私が学生時代にバスケ部に飛び込んだこと、今のバイト先に飛びこんだこと、逆に高校では一緒にいることをやめるという選択をしたことで自分の事を大切に思ってくれた友人がうれしいことに私を気にかけてくれたこと。


よく考えると、すべての起点は私の行動です。


私はこれからも自分の行動で恵まれた人間関係をたぐり寄せていきたいし、誰かにとって恵まれた人になれるように行動したいなと思った次第でありました。



最後に私の友人はバイト先のことを私の居場所だと言っていました。

そのように言われる場所を作ることってとても魅力的だなと強く思いました。就活に活きる1つの指標になる気がします。









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