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『遊びに誘う』という行為が昔から苦手だ。

イエスやノーで答えられる質問は
相手の優先順位が見え隠れするからである。

僕の恋人は付き合う前から
感情が分かりやすい人だった。


駅の改札で待ち合わせをすると
こちらを見つけるなり
にこにこして駆け寄ってくる。

尻尾でもついているのかもしれない。
うれしいうれしいとぶんぶん振っているのが
こちらにも伝わってきた。

そんな彼女を好きになったのは
初めて家に遊びに行ったときだ。
整理された部屋の中に、
お菓子のパッケージや雑貨が丁寧に並べられていた。

大企業で働く彼女は福利厚生が手厚く、
映画や商業施設など多くのものが
優待券で無料になるので
「その代わりといっては難ですが...」と
僕が毎回渡していたものだった。

お菓子のパッケージなんか食べたら
ゴミ箱に放り投げておしまいなのに、
愛おしそうに飾ってあるそれらを見て
『好き』は可視化できるんだなと
思ったのがはじまりだった。

大事にしていたものを失くして
犬小屋にあったなんてオチをよく聞くが
「本当にもう!」なんて声にも
愛の成分が含まれているのかもしれない。

僕の恋人はしっかりものである。

天然で忘れっぽい僕に代わり、
店を出るときは忘れ物がないか必ず確認する。
傘を買い替えなくなったのは彼女の功績が大きい。

旅行に行った際、「一応確認しておくけど、ルームキーは持っているよね?」と聞かれた際に
僕が手に持っていたものがルームキーと同じ色のSBCの会員証だった時はとても不機嫌になって大変だった。

僕の恋人は言葉を大切にする人だ。

誕生日には「生まれてきてくれてありがとう」と抱きしめながら何度も耳元で囁いてくれた。どれだけ喧嘩したときも彼女は『嫌い』という言葉がどうしても言えない。それを補おうと必死に言葉を繕う姿を見ていると、許したくなってしまう。

一方で毎日交わす挨拶のLINEはへんてこだ。

『お疲れ様』を「おちかり」と呼ぶし、「おち🍛」と送られることもあれば、「おはぴよ🐣」と卵のアイコンが日毎に孵化していくこともある。

毎日送る言葉だからこそ、飽きないように工夫してくれているのだと思う。

僕の恋人はSNSを使わない。

LINE、Instagram、Xなど毎日少なくとも1投稿はする僕とは対照的に、彼女はLINE以外のSNSを使わない。

365日、僕がLINEに付き合わせるのもあって
付き合って1年くらいが経った頃、
彼女は遠くのものを見るときに目を細めるようになった。

視力が悪くなってしまった彼女は眼鏡を購入した。一緒に観ていたTV番組「出没!アド街ック天国」に出ていた西荻窪の眼鏡屋さんで購入したらしい。
耳たぶが普通の人とカタチが違うと3時間も調整に時間がかかったという丸メガネはテンプルがお洒落に曲がっていて銀座で歩いても違和感なさそうだった。

ちょっと相手しなければ
そっぽ向いてしまうよ
愛も恋も関係なくそんなもんさ
「きっとずっと僕らは一緒」
なんて言えずに いなくなってしまう

『C.K.C.S』 - SHE’Sより

将来を約束するほど
具体的な未来が見えていない
僕らはいつか別れる日が来るかもしれない。

そんなことをふと考えていたら
酔っ払った彼女が僕の首元にマーキングした。
長いまつ毛とぱっちりとした二重が
僕のことを見つめる。

うれしいうれしいと尻尾が揺れていた。

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