ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドで見せたタランティーノの映画讃美歌

1969年のハリウッドを舞台に自身の「映画愛を込めた」と語るクエンティン・タランティーノ監督の新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

69年にハリウッドで起こったマンソン・ファミリーによるシャロン・テート殺人事件をベースに、主演にレオナルド・ディカプリオとブラッドピットを迎えた本作はタランティーノ史上もっとも愛に溢れた幸せな作品といえる。
公開からもう20日近く経っているから、この映画を楽しみにしていた人たちはおそらくほとんどが鑑賞済であるかとは思うが、観る前に絶対に「シャロン・テート事件」についての概要は
頭の中に入れていてほしい。(わたしは意気揚々と初日に観ました。)
そうでないと映画の数々のシーンの含みや、ラストシーンの余韻が全く違うものになってしまう恐れがある。

物語自体はわりと単調に進んでいくのだけれど、シャロン・テート事件を前情報として仕込んでいる鑑賞者は、いわゆる「その日」(史実として残っている事件当日)が近づいていくにつれ(ある種すでに結末を知っているとも言える)ドキドキとした緊張が持続するし、逆に映画ではあえて語られていない場面が「そのこと」を知っているか知っていないかで大きく感じるものが違うと思う。
(意図的だとも思えるこの演出については、ライムスター宇多丸さんのインタビューがとても分かりやすい。下記の文字起こし記事をぜひ読んでいただきたい)

宇多丸とタランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を語る https://miyearnzzlabo.com/archives/59517

私はタランティーノ監督作品は「パルプ・フィクション」が一番好きで、軽薄さや悪趣味さを料理するのがとても上手い人である印象なんだけれど、今作の前半ではその個性は少し抑え目に作ってある。
その代わりなのか、そのおかげなのか、主演ふたりのスター故の華やかさが上手く引き立っていた。

個人的にはブラピ目当てだったのに、まんまとレオ様演じるリックに心を掴まれてしまった。
アル中で情緒不安定なレオ様ってあんなに愛おしいキャラクターになるのか!
自虐をしながらスキットルで酒をあおり、グスグス鼻を鳴らしながら泣きべそをかく中年男性。
しかも美少女に慰められる姿なんて、なんて可愛らしいことだろう。
奮起し不安に飲み込まれそうになっていた仕事への情熱を取り戻すシーンは、表現者として生きていない私でも共感できるとっても良いシーンだった。
結局、人が自信を取り戻すキッカケは、他人からの正直な賛辞・肯定である、って示唆にもなってたシーンとも思える。
そしてブラピ演じるクリフとレオ様演じるリックの、「相棒以上妻未満」の関係性はある意味理想とする友情関係であり、ブロマンス好きにとってもたまらない仕上がりなんじゃないかと。
私もブロマンス好きの一人だが、愛や欲の介在しない信頼関係は実は一番墓場まで持込むことが難しく、それでいて離れていては成し難いところに魅力を感じずにはいられないんだよなー。

そしてみんなが大絶賛していたあのシーン。
本物のシャロン・テートがスクリーンに居て
劇場でマーゴット・ロビーが演じるシャロン・テートが自分の出演作を観る場面もとても素敵だった。
(マーゴット・ロビーが『シーサイドスクワット』のハーレイクインだってことに最近気づいたばかものです。そりゃあ、可愛いわ。)
スクリーンに本物のシャロン・テートを流すその粋こそ、映画に対するタランティーノの愛が最も分かりやすく伝わるシーンであると思う。
少し照れくさそうに「映画を見せて」とお願いするシャロンテートのシーンもとてもお気に入り。
ただ映画字幕は「わたしが出演女優だって言っても?」と腕曲的な表現だった(はずだ)が、予告編は「これが、わたし。ドジな役を演じてるの。」と直接的で誇らしげな雰囲気の訳で分かりやすかったなーと思ったり。
予告編で断片的に切り取られているシーンよりも、前後の流れを加味して訳される故に婉曲的な表現が使えるといえばそれまでですけど。

久々にタランティーノ作品で何度も見たいと思える作品であると同時に、わたしが69年のハリウッド映画またはその周辺の知識がないこともあって、温故知新ではないけれど、また新たな映画との出会いと好奇心を刺激してくれるよくできた優しい映画だった。
タランティーノ入門編として堂々と分かりやすい映画がやっと登場してくれたとも。
私は友人に「初めてタランティーノ映画を見てみたい」と言われれば、これからはこの映画をおすすめすることにする。

そういえば「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のヒットにあやかってか、
元ネタともいわれる「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」が公開もされるそうで。
当時その上映時間の長さに(今でこそ珍しくないけど2時間半強)、監督が映画館を訪ねた際、映写技師から「この長い映画を作ったのはおまえか?」と言われたエピソード込みでちょっと興味がわく映画。

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