【読んでみましたアジア本】「統治」と「多様性」の中で弄ばれる人たち: 廣瀬和司『カシミール/キルド・イン・ヴァレイ』

カシミールのニュースに出遅れてしまい、あちこちのネット書店の一括検索をかけてやっと入手した一冊(今はそれぞれのショップに少数ながら在庫が入っているようである)。お手軽本に比べたら高いけど、読み応えがあった。とにかくインド・カシミールのことをなんにもわかっていない人間にとって、インド側から、パキスタン側から、そしてヒンドゥー住民から、さらには警官から、さまざまな視点の「カシミール問題」の証言をもたらしてくれる濃い本である。

たぶん、日本人にはカシミールが長い間、紛争地域だったということすら知らない人は多いはずだ。そして、そこが今まで実はインド、パキスタン、中国が分割統治してきた場であることも。さらにはインド側のカシミールは、法制度上は自治が認められていたことも。

わたしも、カシミール出身のジャーナリストに出会わなければ、たぶんぼんやりとしたイメージしかなかったはずだった。

8月、そのカシミールの自治権を、インドのモディ政権が取り上げ、併合してしまったことから起きた抵抗運動が、世界中にニュースとして流れた。たぶん、わたしも毎朝ニュースチェックしながらBBCラジオを流す習慣がなければ気づいていなかった。そこではある日突然、うわっとカシミールカシミールという言葉が流れ始めたかと思うと、ものすごく緊迫した声でニュースが流れ続けたのである。でも、そこから日本語のメディアに切り替えると、カシミールの「カ」の字もなく、お笑い番組が流れているだけだった。

そして実際、ニュースサイトでもその話題は検索しなければでてこなかった。それも読んで事情を知れる記事のほとんどが、英語メディアの日本語訳記事としてしか存在していなかった。日本メディアにおけるその扱いは香港デモとほぼ同じだった。

筆者は1998年から何度も現地を訪れて取材を続けるジャーナリストだという。この本には彼が10年以上(刊行は2011年)通い続けて骨太な取材して得た現地の人々の証言と分析、そして写真がたくさん詰まっている。大変重い歴史も紐解かれていて、一度読んだくらいでは理解できないほどの複雑な流れがそこにある。わたしも、改めての歴史を頭に入れるために、第2章「カシミール問題の歴史」はもう一度丁寧に読み直すつもりだ。

●「カシミール」絡み合う複雑な要因

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