【読んでみましたアジア本】さまざまな国籍や文化や知識を持つ人が集う、それがこれからの「在日」/姜尚中『在日』(集英社文庫)

むむ…PCに向かってから気がついた。そういえば、先月ご紹介したのも「国籍」「在日」本だったなぁ、と。

筆者の関心が今、「国籍」や「ディアスポラ」などに無意識に向いているのはやはり、知り合いの香港人たちがどんどん移民しているからなんだと思う。

最近も、今までずっと筆者宛ての郵便物の受け取りと中身のチェック(必要あればすぐ連絡を!と)をお願いしていた友人のYからも先日、「とうとう自宅が売れた。10月には引き渡して年内には香港を離れるわ。申し訳ないけど、あなたの郵便物の住所変更して」と連絡があった。

YとWの夫婦は筆者がこうしたプライベートなことの処理を全部おまかせできる友人だった。だが、昨年1年間続いた民主活動家や民主派団体、メディア、さらには民主派言論人に対するパージのさなか、Wは一足早く香港を離れた。当初はまるで旅行のようにYも付き添っていたが、いつまでも海外からのリモートで香港の会社で働き続けるわけにもいかず、その後香港に戻り、ここ1年ほど真剣に「後片付け」が進められてきた。

Wは一度、筆者とオンラインで話している間、香港を離れるつもりなど微塵も考えたことはなかったと泣いた。だが情勢の急変に身の危険を感じ、離れざるを得なくなった。正直、筆者はそんな危険が本当にWに及ぶんだろうかと疑問だったが、今振り返るとたとえ大げさであっても、筆者を含めてWやYを知る人たちがその身を案じながら暮らす必要がなくなったのは事実だった。二人は10年ほど前から早期定年計画を口にしていたし、Yもあえてそれを早めるつもりでWの元へ渡る手配を着々と進めている。

香港ではそうやって手持ちのすべてを現金に変えて香港を出ていく人たちが激増しているために、不動産の売却価格が下がりまくっている。不動産ニュースでは、どこの人気マンションがいくらで売れ、その所有者は購入時に比べてどれくらいの損得を被ったか、ということが話題になる。特に昨年は航空不況で空港そばのマンション群の投げ売りが続いた。勤務のために空港近くに買ったマンションを、もともと国際色豊かな航空業界関係者が投げ売って香港を後にしたからだ。

一方で、今年の初めに香港に滞在した時、春に移民するから、と会うことができたMは、自宅マンションを売るつもりだけど、しばらく香港に残る妹夫婦に預けておく、と言っていた。移民に向けてMはそれまで半年間、ある職業訓練コースに通い、それを終了して免状を手に入れていた。新天地に慣れれば、自分の店を開いて独立することもできるでしょ、と言った。彼女は知り合った20歳の頃からずっと、きっぱりと自分の目標を追いかけ、はっきりと物を言う「港女」(香港人女性)だった。

そのMが今月始め、突然「住民権が取れたら香港に帰るかも。ここでは暮らせない」と訴えてきた。移住先には長くそこで暮らす親戚もおり、Mとともに移住した家族は楽しく過ごしているように見えたのだが。

「とにかく、ここでは働くのも苦痛。香港人だからって差別されるのよ」

確かにわたしが知る限り、移住後のMはすでに2回勤め先を換えている。えらく早いなぁ、と思っていたのだが、いつも性急で目的意識がはっきりしているMのことだから、自分にあった職場を次々見つけてホッピングしているのかと思っていた。

Mはそれ以上詳細を語らなかったが、この「差別」という言葉の響きが頭に残った。

●国籍を晒したがる人々

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