【洒落怖漢譯】惑於宅中(原題:不明)

譯文

二月前夜,接友電話,友曰:「不得脱出,請助我」吾問其故。答曰:「失戸也」吾或謂其戲,而以聲音促急,向友宅。呼於戸前,不應。無鍵。開戸復呼,乃有應答之聲。入而環視,宅内無故,又進,有友立於一室之中,曰:「亮失戸也」吾指戸曰:「君何言哉! 戸現在此,何不出乎?」友始歩去。其宅房房相通也。囘復數輩。吾慍詰問,三復言耳。吾慮,使之出而舎吾家。翌日,半晝休,倶過醫者診之,醫者曰:「腦有梗塞,當療之,臥床不起十數日」頭腦一患,顚狂如此哉!

書き下し文と語彙解説

二月ふたつき前の夜、友の電話にせつす。友曰く「脱出するを得ず、我を助けんことを請ふ」と。吾其の故を問ふ。答へて曰く「を失へるなり」と。吾あるいは其のなるをおもふ、しかれども聲音せいおん促急そくきうなるを以て、友の宅に向ふ。戸前こぜんに呼べど、こたへず。かぎする無し。戸を開きて復た呼べば、乃ち應答おうたふこゑ有り。入りて環視くわんしすれば、宅内たくない無く、又た進めば、友の一室の中に立つ有り。曰く「まことに戸を失へるなり」と。吾戸を指して曰く「君何を言ふや。戸げんここに在り。何ぞ出でざらんか」と。友はじめて歩去ほきよす。

○戸:玄關。 ○或…:副詞。もしかすると。 ○戲:からかふ。 ○謂…:…と見做す。 ○促急:切迫してゐる。 ○鍵…:…鍵をかける。 ○環視:周りを見廻す。 ○故:何らかの事故・事件。 ○亮:本當に。 ○現在…:ここでは「現に…に在る」。 ○何不…:なんで…しないのか。 ○始…:やうやく…する。 ○歩去:歩いて行く。


其の宅房房ばうばう相ひ通ずるなり。囘復くわいふくすること數輩すうはい。吾いかりて詰問きつもんすれど、たび言をふくするのみ。吾りよして、之をして出でて吾が家にやどら使む。翌日、半晝はんちう休みて、とも醫者いしやよぎりて之を診せしむ、醫者曰く「なう梗塞かうそく有り、まさに之をいやして、臥床ぐわしやうすること十數日じふすうじつなるべし」と。頭腦づなう一たびわづらはゞ、顚狂てんくゐやうすることくのごときかな。

○房房:部屋同士。 ○囘復:ここでは「元の位置に戻る」。 ○…輩:…囘。 ○慍:怒る。 ○詰問:問ひ詰める。 ○三:ここでは「何度も」。 ○慮:心配。 ○舎:泊まる。 ○半晝:半日。 ○倶:一緒に。 ○過:訪ねる。 ○腦有梗塞:腦梗塞がある。 ○顚狂:をかしな行動をする。

各種リンク

參考元:短くて讀みやすい怖い話【3】全10話 – 洒落怖 ショートショート の6

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