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おれは、それほど心打たれたとかいうわけでもない作品をなぜか紹介する

特にお勧めするでもない映画、小説 ※ネタバレあり

■基本的に、めんどくさいことなく楽しめるやつ。

『365日のシンプルライフ』

■監督ペトリ・ルーッカイネン自身の実体験をもとにしたというドキュメンタリー風の映画。彼女にフラれてやけ買いしまくったペトリ青年は、いったんすべてのものをリセットすることを思いつく。すべての持ち物を倉庫に預け、1日1個だけ取り出してよい、というようなルールで1年間過ごすというものだ。

■最初は裸で倉庫に向かい、コート一着だけを取り出して床でねるという一日からはじまる。さすがに極端すぎる気もするが、まあ演出だとわりきる。とにかく靴を履いてないのが気になって仕方なかった。雪のフィンランドで靴なしはキツいやろ。

■数十日したら、案外あっさりペトリ青年は、ものをたまにしか取りに行かなくなってしまう。思ったより必要なものは少なかったのだ。途中からは、ものの少ない生活よりも、友達(こういう映画で出てくる友達はたいていいい奴だ)、家族、ガールフレンドとの平凡だが暖かい交流を中心に描かれるようになる。奇抜な設定から、現代版『森の生活』のようなものを期待すると若干肩透かしをくうだろう。

■実家を出て一人暮らしをした経験があると、なんとなく共感できる話である。初めて家を出るとなると、家財道具などを買いそろえたりするものであるが、結局単身だと家族と暮らしていた時のようには暮らさなくなる。結構な家財道具がほこりをかぶってしまう経験は自分にもある。また、自由にものが置けて、それなりにお金があると余計なものを買ってしまうのもありがちなことだ。そして部屋のエントロピーは増加する。誰が言ったか忘れたが、大学の同級生が一人暮らしの部屋にありがちな法則として言った言葉だったと思う。

■自分は、3度ほどの引越しを経て、比較的ものを買わない生活に落ち着いているが、若いころに買ったものとなると今でも結構な量が残っている。なんかそういう色々買いたくなる時期と、部屋がとんでもなくなる時期と、結局ものってそんなに持ってても仕方ないよなと気づく時期。そういう変化は多くの人間にとってあるものだろう。出だしこそ極端であるが、全体としてそれほどウソ臭さが鼻につくほどでもないのはそういうことなのかなと思う。

■物語はこれといって何も起こらず進んでいく。メッセージとしては、ごくごく当たり前で、良き人生とはモノじゃないんだ、という話なのであるが、重点がモノからヒトへと自然と移っていくような描きかたはどこか爽やかで、映画として面白いかと言われると微妙ではあるが、案外安心して見られる青春映画である。

『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』

■ハヤカワSFコンテスト優秀賞作品。ちなみに、ハヤカワSFコンテストは、しばらく大賞が出ていない。

■AI技術者三ノ瀬が、変人の相棒と共に、なし崩し的に金品強奪に手を染めるエンタメ作品である。これといって、なにか深いものとかがあるわけでは無いが、技術的なギミックもそれっぽくてあまり引っかかるところもなく(たぶん詳しい人が書いたのだろう)、登場人物たちの掛け合いも軽快で楽しく読みやすい。まあ、ルパン三世とかそういうカテゴリーの娯楽作品だろう。映像化したらそれなりに楽しそうな気がする。

■AIというIT技術ものではあるのだが、なんか抽象的な電脳世界に旅だったりとか、人類とAIのあらたな地平に到達したりとか、そういうよくわからないところに行かないのは、それはそれでアリかなという気がした。あくまでもAI技術は、現実の物体(ドローンとか車両とか)を制御することに使われていて、なんかスピリチュアルな話にいってもうたー、みたいなヤバさがないのはこの作品の娯楽性にとってはプラスであろうと思う。それが半面、骨太なSFとしては物足りない、ということにはなるのかも知れない。

■取り敢えず難しいことは言いから、読みやすくて楽しいやつが欲しい、という時に選べば良さそう。まあずっと伊藤計劃みたいなのばっかり読んでても疲れるからなあ。

『オクトーバー・リスト』

■リンカーンライムシリーズ(『ボーン・コレクター』など)でよく知られる、ジェフリー・ディーヴァーの「逆行」ミステリー。

■何が「逆行」かというと、物語が最終章から始まり、第1章へと遡るという実験的な構成。「逆行」ものといえば、クリストファー・ノーランの映画などがあるが、小説でというのはなかなか珍しい。もちろんテキストは単純な逆回しはできないので、場面を逆行させていく、という手法で描かれている。(映像でも基本はそうだが)

■物語は「順行」もので言えば、今からラストシーンが始まるみたいな場面からスタートする。最終章だけ読んでも、話の結末はわからないので、最初はさらにエピローグでもあるのかなと思ったが、第1章まで読めばちゃんとどういう結末になったかわかるようになっている。

■なるほど、こういう書き方もできるのかーと感心する作品である。ただ、読んでいる最中は、やはり場面が逆順であるので、話がサッパリ頭に入ってこない。そういう意味では読みにくい作品ではあると思う。我慢して最後まで読む忍耐力が試される。

■まあ、そういう意味では、娯楽として考えた場合どうなの?というところはなくもない。『TENET』も一回視たぐらいじゃ全然わからないし、やっぱりお話の時系列が前から後ろでないやつというのは、試みとしては面白いが、気軽にエンタメとして楽しめるかというとやや疑問なところはある。

■取り敢えず、終盤までよくわからないのはそういうものだとして適当に読み進めて問題ない。お約束のドンデン返しみたいなものはあるはあるのだが、よくよく考えてみたら「順行」もののほうが、読者を欺くのが難しいことに気づく。「逆行」していけば、いくらでも序盤の設定を追加できてしまうからである。

■構成を楽しむもの、とわり切って中身をどうこう言わずに読んだほうがいいだろう。まあ決して悪くはないと思うけど、ストーリーを語る技術とかに興味がないとあまり楽しめないかも知れないかなあ。


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