冷たくなるよ、と言う彼

俺、冷たいって言われるんだよね。

初対面のときに彼が言ってきた言葉。初めて彼と会った日は、何人かでご飯をしたけど、彼を見ていてとりわけ冷たい人だとは感じなかった。
どちらかというと、周りをよく見ている穏やかな人なんだな、というのが私の印象だった。

それから二人で会うようになって、過去の恋愛の話がでたりしたときにも「俺って付き合うと冷たくなるよ」と彼は言っていた。
冷たいって言われるんだ、と。

二人で一緒に過ごすようになって、彼の態度が冷たいと感じたことはなかった。言い方が回りくどいな、相手にいいように聞こえる言い方をするな、とかそんなことを感じることはあったけど、別にそれが冷たいとは思わなくて。
むしろ、寒くないかとか、疲れてないかとか聞いてきたり、私が苦手だとか、嫌って言ったことは覚えててくれたり、そんなことだけど、人のことを気にすることのできる彼は、優しいんじゃないかなと感じてた。

彼に優しいと思ってると伝えれば、きみによく思われたいと思ってるんだから、そりゃ優しくするよね、と言われたけれど。

付き合うことになって半月。
まだ彼のことを冷たい、とは感じていない。
たぶん、優しい。たぶんだけど。
まだよくわからない。不安で彼のことを疑ってしまう気持ちがあるのが本音。不安がどうやって解消されるのかもわからないけれど。

初めて彼の家に泊まりに行った。
終電で帰っても迎えにきてくれて。次の日、私は朝早くに出ていかなきゃいけなかったし、彼も仕事があったのに時間を合わせてくれて。そりゃ下心あったら迎えに来るか、と考えちゃう自分もいたけれど。

さすがに、一人暮らしの彼の家におじゃまするのに、何もないってことはないだろうなって考えながら。もしそうなっても、それでもいいかって自分と折り合いをつけていった。

付き合うことになってからも、彼から触ってくることは本当に何もなかった。翌朝早いことは伝えてあるし、こんな感じじゃ、そのまま寝るだけになるかもなってそんなことも、正直考えてた。

彼の家に向かう途中、少しだけお酒をひっかけて、私はちょっと眠いかもなんて、ほろ酔いのふりをしたけれど、彼はなんてことなくて。
その時点でそこそこの時間になってたし、それぞれお風呂に入って、ちょこっとソファーで寛いでもそんなムードはならなくて。これは今日は本当に何もないかもな、もしかしたらこのままソファーで寝落ちするかもしれない、なんて思ったり。
これまでのスキンシップのなさからして、じゃあソファーで寝て、と彼に言われてもおかしくないかと、自嘲気味に考えてたりした。

そろそろ寝よう、と彼が立ち上がり、どうしたものかと思いつつ私も立ち上がった。
彼がベッドに向かうから、私も行っていいものだろうかと控えめにうしろをついていくと、どっち側で寝る?と聞かれた。少しほっとした。一緒に寝れるんだ。ソファーじゃない、と。

彼からは全く触ってこないから、一緒に寝るのも嫌なんじゃないかなと思ってたから、同じベッドに入れてくれるのが嬉しかった。

先にベッドに入って、天井を見上げた。
ライトを落とした彼がこちら向きに横になった気配を感じて、私もそっと彼のほうに向き直った。
彼は腕を回して腕枕をしてくれ、子どもを寝かしつけるようにそっとトントンとリズムをとった。先にお風呂入らせたから冷えちゃったね、と言って私に布団をかけなおしながら。

近い距離を許してくれるのが嬉しくて、感じる彼の体温のあたたかさが心地よくて、真っ暗闇で見えないことをいいことに、寒いと、私は彼の胸に顔を埋めて甘えた。彼の匂いが好きだ。安心する。
彼に擦り寄ったとき、彼が小さく「きた」と待ってたかのように、ほころんで呟いたのが可愛かった。

擦り寄った私をぎゅっと抱き締めてくれて、初めて彼に包まれる安堵感で私は胸がいっぱいだった。
ああなんか、安心するかも、なんて幸せな気持ちになって一人ぼんやり考えていたら、唇に触れるだけのキスをされた。急なことに驚いて、たぶん私は一瞬固まっていたけれど、次の瞬間には深いキスをされていた。
今まで全く触れてこなかったくせに、急になんだ、と思う気持ちもありながら、嬉しい気持ちのほうが大きかった。

これまでのそっけなさが信じられないくらい、熱烈にキスされて、やさしく触れられた。触れられてる間もずっとキスは止まなくて、こんなに情熱的な一面もあるのか、と思った。暗闇で見つめられる眼光の鋭さに胸が高鳴った。すごいガン見してくるじゃん。もう鷹に狙われた鼠だよ私は。
朝早いし、ゆっくり進めていこうと、途中でストップにはなったけど、彼にそういう気持ちがあったことに安心した。触りたかったのは、私だけじゃなかったのかもしれない。

そのあとも、私が寝るまできっとトントンとやさしく宥めてくれていた。寝れるか不安もあったけど、彼の匂いとあたたかさに包まれて私は熟睡。
彼のほうは、翌朝になるといたって普通。それまでのなんともない彼に戻っていた。昨夜のあれは夢だった?なんて思うくらいに、いつものサッパリとした彼だったけれど。
こういうところが、冷たいって思われちゃうのかな、なんて思ったりした。

優しくて穏やかな人、というのが最初からの彼の印象にあったけれど、知っていくうちに、たぶん、彼って結構な熱量を内側に持っている人なんだな、と思うようになった。
趣味に熱心なところもそうだし、部屋にごちゃごちゃとした物が意外に多いところとか、なんか男の子っぽい。

これからどうなるかはわからないけれど、とりあえず今日も。彼と穏やかな1日を過ごしたい。

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