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カッコいい剣豪の話「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」。普段はダメだけど、やるときはやるから。

陰惨な時代には、能天気なものがたりが欲しくなる。ただバカバカしいだけじゃダメだ。 ユーモアが練りに練って練り込められた、ものがたりだ。

1933年に日活で製作されたこの時代劇は、大河内伝次郎の名を、新橋喜代三の名を、早世の天才:山中貞雄の名を、永遠のものとした。
内容はずばり「日常系時代劇」。 原作を大胆に翻案した一例だ。

※あらすじ・スタッフ・キャストは、こちら!


ヒモのはなし。


そもそも、林不忘が造形した「丹下左膳」とは、
神変夢想流小野塚鉄斎道場へ乱入するや、夜泣きの刀の異名を持つ関の孫六の名刀、乾雲丸・坤竜丸という大小一対の刀を盗み出し、次々と殺戮を繰り返す、右目と右腕のない異様な姿の侍、黒襟の白の着流のニヒルな浪人。
(本作の原作である)こけ猿の壺の争奪戦をはじめ、シナリオは基本ハード。
彼が行くところ血の雨が降る。 殺伐とした物語が展開される。


ところが、林不忘の文体は、困ったことに、妙に馴れ馴れしく、妙にユーモラスなのだ。 例を挙げれば

恋にかけては 、とっても内気の左膳なんですネ 。

といった調子。
間違いなく、山中貞雄はこの「文体」を、映像に落とし込んでいる。
山中貞雄の手によって、左膳は、常人を超越した剣豪から、「こんな奴いるよね〜」と親近感湧く貧乏くさい愛すべきおじさんへと変貌する。
すなわち、家らしい家を持たない、矢場を牛耳る綺麗な女・お藤に食わしてもらってる、いい歳とったヒモと化す。

もう一人のキーパーソン:柳生の道場主源三郎も(原作とは違い)貧乏くさい。
道場には出たくないでござる。隙あれば昼の日中から弓を引いて遊びほうけたい根が遊び人の若旦那。当然、剣の腕はからっきし。
自分に釣り合わない道場主の看板に加え、柳生の密命を突きつけられて、ぶるぶる、がたがたする羽目になる。


いつも心に太陽を・・・。


こんなダメ男と、しっかりもの女史が、こけ猿の壺抱えた童子・ちょび安を匿う羽目になる。左膳は、自分のことを棚に上げて、子供の教育を心配したりする。子供におもちゃを買ってあげたりもする。もちろんヨメの財布から金は出る。

左膳 「馬鹿言え!おれは絶対にお断りだからな」

左膳 「誰があんな子供に飯なんて食べさしてやるもんか」

お藤 「竹馬なんて乗るもんじゃありません」

と言いながら、子供には甘々な、天邪鬼夫婦? 丹下左膳とお藤。
左膳はお藤の言うことには逆らえず、お藤はちょい安の言うことには逆らえない。「いやよいやよも何とかのうち」そのものな展開。おやばかこばか、
ギャグの基本は繰り返し。 人間のおかしさを、共感を持って描いている。

こけ猿の壺捜索の命令を下された源三郎も、これ幸いとうるさい道場から抜け出して、息抜き、外出を楽しむ。(そして偶然立ち寄った矢場で左膳と出会う)。道をぽっくりぽっくり歩きながら、繰り返し何度も呟くこの台詞が、おかしい。

「何しろ江戸は広いし。この調子では十年かかるか二十年かかるか・・・まるで敵討ちじゃ」

本気で探す気はない。 徹底してフマジメなのだ。


そして、この情けない二人が再会した時、つまり左膳が(こればかりはお藤には頼めない、訳ありの)金に窮して、柳生の道場破りを仕掛けた時、鍔迫り合いをしながら_ただし(言うまでもなく)手を抜いているのは左膳の方。

「負けてくれ!」「いくら出すか?」「いくら欲しいんだ?」「60両だ!」「そりゃ高いぞ」「ビタ一文負からんぞ!」

と邦画史上いちばん緊張感のない 剣と剣の勝負を繰り広げるのだった。


やるときゃやるぜ! ボクらの左膳。


もちろん、彼はただのヒモではない。
剣の怖さを知り抜いている、やるときはやる男だ。

矢場で難癖をつけてきたチンピラに対して、

曲がってるのはお前さんたちのお手手の方だよ

とカッコよくお藤が啖呵を切るや否や、「待ってました!」とばかり左膳は

やいやいやい!ぼうふら共騒ぐねぇえ!

と刀の鞘を口にくわえて、刀を素早く抜いて、彼らを一掃。


そしてクライマックス、ちょび安の手を引いてぶらぶらしている最中、十数名のならず者たちに路地で待ち伏せされた際には、ちょび安にこう呟く。

いいから目をつぶってるんだ・・・そして、10まで数えるんだぞ

ちょび安もうなづいて、目を瞑る。
そしてほんとに10数えるうちに、悪人ばらを斬り倒す。この程度の修羅場、慣れたものだ、と余裕しゃくしゃくだ。周囲に対する気遣いすら見せる。

換骨奪胎しながらも、「強い剣士」というチャンバラのツボは外さない。
ただ世を拗ねてるだけの主人公より、遥かに魅力的な剣豪が誕生する。


最終的に、取り敢えず強者である左膳に、壺を預かってもらうことに決めた源三郎。こけ猿の壺を本家に返したとて、頂けるのはお褒めの言葉くらい、元の自由のない生活に逆戻りだ。ナイショにした方が、自分にとって都合が良い。
そして、今日も釣りに洒落込むこととする。 左膳と、矢場で遊ぶことにする。
情けない男ふたりの、満面の笑顔を残して、この幸福感ある時代劇は閉じる。

なお、この原作改変に、林不忘はブチギレた。


おまけ:原作に忠実な「丹下左膳 飛燕居合斬り」。


原作にある丹下左膳のニヒルさ、彼の操る剣の禍々しさに触れたいのであれば
同じ原作を映画化した五社英雄監督「丹下左膳 飛燕居合斬り」をお勧めする。
監督本人同様、アウトローの気質がぷんぷんする。

とりあえず

こけ猿の茶壺は 、まだ橋下の左膳の掘立小屋にある ― ―と 、にらんでいるらしく 、いま四方八方からねらって毎夜のように壺奪還の斬り込みがある 。

青空文庫より引用

な、手に汗握らせる、割とクライシスな丹下左膳を拝めるのが、こちら。

山中貞雄の緩急使い分けた上品な演出と、五社英雄の外連味ある演出。
この二作、見比べてみるのも、一興だろう。

CAST
中村錦之助/丹波哲郎/淡路恵子/入江若葉/天津 敏/藤岡琢也/平 参平/横山アウト/人見きよし/木村 功/河津清三郎/大友柳太朗
スタッフ
企画:小川三喜雄/松平乗道 
原作:林 不忘 
脚本:田坂 啓/五社英雄 
監督:五社英雄 
撮影:吉田貞次 
録音:渡部芳丈 
照明:中山治雄 
美術:塚本隆治 
編集:堀池幸三 
音楽:津島利章
東映ビデオ 公式サイトから引用
なお、五社監督は、丹下左膳という素材に拘りがあったようだ。
後の1982年、こんどは仲代達矢主演でドラマ「丹下左膳 剣風!百万両の壺」を演出している。仲代のニヒルな面を活かしていて、こちらも捨てがたい。


もひとつおまけ:リメイクされてた「丹下左膳・百万両の壺」


逆に「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」を2004年にリメイクしたのが、豊川悦司主演の「丹下左膳・百万両の壺」だ。

オリジナルの世界を再現しようと、低予算の中で相当美術は頑張っている。
だが、どうにも弾けるようなリズムがないのが、残念。ユーモアも薄い。豊川悦司も、大河内伝次郎の様に見栄をきってはみるが、カッコよさでは、2番手。

それでも、豊川悦司の殺陣だけは見事だ。ここで得た経験値が、後年製作される同じトヨカワ主演の時代劇「必死剣 鳥刺し」につながったのは、間違いない。

監督 津田豊滋
キャスト
丹下作膳=豊川悦司、お藤=和久井映見、
野村宏伸、麻生久美子、武井証(子役)、金田明夫、坂本長利、かつみ・さゆり、中山一朗、柏原収史、山下徹大、田中千絵、坂本三佳、由樹、渡辺裕之、高橋渡、吉間亮、中谷祐香、MIKE HAHN、峰蘭太郎、江原政一、渡辺篤史(友情出演)、堀内正美、荒木しげる、豊原功補、
脚本 江戸木純(「丹下左膳余話・百万両の壷」より〈オリジナル:三村伸太郎〉)
音楽 大谷 幸
日活公式サイトから引用

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