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1949年アカデミー美術監督賞受賞、テクニカラーの傑作「赤い靴」。

1949年3月24日開催 第21回アカデミー賞において、史上初めて、非ハリウッド製作である『ハムレット』が作品賞を受賞した。イギリス映画史に残る快挙だった。
もう一つの快挙は当時、白黒とカラーに分かれていた美術監督賞にも存在した。白黒の部門で『ハムレット』が、カラーの部門で同じくイギリス映画である『赤い靴』が受賞したのだ。

アルフレッド・ヒッチコックが拠点をアメリカに移して久しい当時、本国イギリス映画には4人の巨匠がいた。
1人はローレンス・オリヴィエ(シェイクスピア作品を自作自演できる名優、先に挙げた「ハムレット」もこの人が監督・主演している)。
1人はキャロル・リード(「第三の男」これ一作だけで名が残った)。 
1人はデヴィッド・リーン(この頃はまだ「逢びき」はじめ、きめ細かい小品の名手)。 
最後の「1組」がマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーだ。

名を忘れられて久しいこのコンビは、映画が色を得て間もない時代、脚本の緻密さと演出の巧みさ、なによりテクニカラーの楽しさに溢れた名作を連打し、世界中にその名を轟かせた。
特にジャック・カーディフのカメラと三位一体で撮り上げた四作が有名だ。

ボーア戦争&二つの世界大戦を跨ぐデボラ・カーの1人三役「老兵は死なず」

灰色の天国から舞い降りた天使が、色に溢れた現世を謳う「天国への階段」

尼僧の禁制ばかりの生活を均整の取れた画面の中に描いた「黒水仙」

そして本作「赤い靴」だ。

まずは、きりりと真正面を見据える、バレエ・ダンサーのこの眼光を目に焼き付けて欲しい。

前置きが長くなったが、この「赤い靴」の魅力を、紹介していきたい。

アンデルセンの童話「赤い靴」をベースにバレエダンサーの愛憎と悲劇を描いた名作。ロンドンのバレエ団にバレリーナのビッキーと新人作曲家の青年ジュリアンが入団。アンデルセンの「赤い靴」をモチーフにした新作バレエが大成功を収め、2人はやがて愛し合うようになる。しかし、バレエ団を主宰するレイモンドは、ビッキーがバレエだけに集中するようジュリアンをクビにしてしまい……。2011年、マーティン・スコセッシ監修のもと、2年間の歳月をかけて修復した「デジタルリマスター・エディション」が公開。
【スタッフ】
監督・製作 マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー
脚本 マイケル・パウエル
撮影 ジャック・カーディフ
美術 ハイン・ヘックロス ほか
【キャスト】
モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、マリウス・ゴーリング、ロバート・ヘルプマン、レオニード・マシーン ほか

映画.comから引用

本作が作られた40年代後半、ハリウッドのミュージカルは黄金期を迎えていた。優れた振付。踊りの名手。カメラは、全身をがっちり捉えてカットを割らず、ただスターだけを見つめ続ける。
歌う人、踊る人、作る人のいいときがうまく重なった至福の世界で、主人公の彼ら・彼女らの感情の高ぶりが歌となって響き渡る。それが心地よい感動を今なおもたらす。
本作もタネは同じだ。感情の高ぶりを「歌」もなく「踊り」だけで表現しているだけであって。MGMに挑戦状を叩きつける気で作られたかの様な執念を、感じられる。

踊り一つで感情を揺さぶられるのは、やはり踊り手が名手だからだ。
主演のヴィクトリア ・ペイジ役の女優:モイラ ・シアラーは、当時スコットランド出身の現役バレエダンサ ーだった。
当時、バレエは門外不出の芸。自分の所属する楽団が管轄できない舞台の上で踊ることなど叶わない。まして映画出演などもってのほか。
彼女は名に傷がつくのを承知で一世一代の勝負に出た。結果的に本作で彼女の存在は世界的なものとなったとはいえ、相当な覚悟があったはずだ。

「裏切り者」と楽団から誹りを受け後ろ髪を引かれる思いを打ち消すかのごとく、自分の姿をフィルムに焼き付けようとする執念。 

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彼女の踊りは、そんな現実と理想の板挟みに燃え上がる、孤高の炎そのもの。
気高く、そして美しい。

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さて、あらすじで記した通り、この将来有望なバレリーナ:ペイジは、二つの思いの間で「板挟み」となる。 
バレエ団団長のレルモントフ(アントン・ウォルブルック)と、作曲家で才気煥発なジュリアン・クラスター(マリウス・ゴーリング)。 2人の男はまったく好対照だ。

レルモントフは 「バレエとは神に捧げる唄」という固い信念を持っていて、色恋沙汰は団員同士の間でも絶対に許さない 。 嫉妬深く激情的、だが、芸術なるものには極めて天才的なセンスを持っている。至芸に命を捧げる男だ。

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他方で、ジュリアンは、レルモントフに見出された作曲家で、才気煥発な青年。ともすれば独裁的になりがちなレルモントフに、団の中でただ一人異議申し立てる(ことのできる)はねっかえりだ。


この3人の所属するレルモントフ ・バレエ楽団は 、海沿いの街モンテカルロで稽古に励む。いつしかペイジとジュリアンは恋仲になる 。
その恋に気づいたレルモントフは激昂し、ペイジにジュリアンと別れろ、さもなければバレエを止めろ、と迫る。ジュリアンの自論「芸術創作の霊感の源は恋愛にある 」を理解できないのだ。
恋愛を選ぶか、世界一のバレリーナの道を選ぶか。烈しくペイジは苦悩する。

だから、繰り返すが、この表情なのだ。 果たしてペイジがくだした決断は。

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タイトル、そしてペイジ自身が踊る演目「赤い靴」とは、言うまでもなくアンデルセンの同名童話が原典。 赤い靴を履いたために、死ぬまで踊り続ける呪いをかけられた少女のおはなしだ。
童話というものは得てして、メルヘンのクリームの下に重い闇を隠しているが、本作も同じ。思い切りゴージャスなデコレーションの施された悲劇。テクニカラーの時代だからこそ成り立ちえた、幸福な、作品だ。 

褪色した廉価版を見ても、醍醐味はわからない。
ぜひ、デジタルリマスター版をご視聴いただきたい。

余談だが、
本作は1950年に首都圏でロードショーされた。
途端に、有楽町の街角から赤いトゥシューズが姿を消した、という逸話がある。

※本記事の画像はCriterion公式サイトから引用しました。


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