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レモネード【小説】第3話

 次の日。曇りで湿気が満ち、汗ばんだ制服が張りついて気持ち悪い。プールがあればいいのに。るねは思った。今日も美里は無視されている。今日もるねはなんの感情も抱かない。
 終業のチャイム。折り畳み傘を出したが、雨は降っていない。カバンにそれをしまって、るねは校門を出る。すると、見たことのある顔。
「アシュレイ!」
 ホンダのカブに座って、フルフェイスのメットをかぶっているが、その金髪と青い目は隠せなかった。ぽん、と宙をヘルメットが舞う。
「乗れ」
――!
 校門前、遠巻きに好奇の目にさらされているのが、るねにもわかる。
「失礼ね! いきなり!」
「バーカ。先生の頼みだ」
 最初はナンパでもされているのかと思っていたるねは、より恥ずかしい気持ちになった。しかし、先生の名前には弱い。
 意を決して、バイクの後ろに腰かける。アシュレイがフェイスガードをおろして、すこし間があって振り返った。
「バイク乗ったことないの?」
「ないよ」
「そんな服つまんでる程度じゃ転ぶぞ」
 そう言って、バイクは発進した。ほんとうにるねは吹っ飛びそうになって、アシュレイの腰に手を回した。ギアを変速するたびに、車体が揺れる。オートマ世代のるねにははじめての経験だった。
「すごいね!」
「なにが?」
「バイク! 運転!」
「免許持ってるだけのやつよりはうまいだろ?」
――げ。無免許?
 しがみつく手にも力が入る。こいつに命がかかっていると思うと、寒いものが背中を走った。そんなことはつゆ知らず、カブは加速していく。
「先生~!」
 三速にはいると、るねは思わず。恨みをこめて叫んだ。アシュレイはその声を聞いて、思わず笑った。顔は見られなかったけれど、笑い声を聞いてるねは冷たい感じはないようで安心する。
 バイクは勝連半島、平安座島にある、とある施設の前で停車した
「こんなとこがあるのに撮らねーの?」
「え?」
 息を詰まらせていたるねは、それを見上げた。沖縄石油基地の、青色のタンクが遠くに連なっている。巨大で、どこかマヌケな円柱体。
「興味ないもん」
 きっぱりとるねは言った。先ほどの仕返しである。
「は。表現は興味だけでやるもんじゃねーだろ」
 吐き捨てて、タバコに火をつけた。
「あ、未成年者喫煙」
「なんだお前風紀委員か?」
「どこで買ったのよ」
「先生のカートンからひとつかっぱらってきた。あのひとヘビースモーカーだから、ひとはこくらいわかりゃしねーよ」
 そう言って、アシュレイは火をつけたタバコをるねに渡す。るねは戸惑いながらも、興味に負けて、一服吸いこんだ。
「うーげほっ! げほっ! なにこれ?」
「ラッキーストライク」
 二度とタバコは吸わない。るねは誓った。
「はい」
 アシュレイはメット入れから、カメラをとり出した。え。るねは目を疑った。間違いない。自分のカメラだ。
「……家に、行ったの?」
「ああ、おばちゃんにもっとカラッと揚げるように言っといてくれ」
「――あんた何者?」
「人間」
「小学生か」
「ドイツ人作家を母親に持つハーフの、お前と同じ中学三年生の、不登校非行少年」
 るねはあんぐり口を開けたままだ。それを見て、アシュレイは笑った。その笑顔は年相応の少年で、思わずるねはどきりとした。
「なんで、先生のところに?」
「母親が沖縄で執筆がしたいと言ってきかないんだ。で、宮城島にコテージを借りることになって。で、学校にいかないおれをどうにかしてくれと、先生に頼んだのさ」
 先生の謎は深まるばかりだが、るねはアシュレイのそういう包み隠さないところが、気持ちよく感じた。写真を酷評したときも、こころのどこかで、具体的なアドバイスをくれるひとがほしかったのだ。るねは急に思い立った。 石油基地をバックに、フェンス前でタバコをふかす、異国のにおいのする少年。絵にならないはずがなかった。
「モデル料撮るよ」
「賞金がとれたらね」
 思いっきりかっこつけたその写真は、曇天空の、今にも泣きだしそうな沖縄の空に、利権と人種が混ざり合う、ある意味でチャンプルーな青い春の写真となった。
 そしてそれは、二か月後に審査をはじめて通ることになるのだった。

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