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青い炎【小説】第三話

「おかえりなさい」
「ただいま帰りました。おばあさま」
 屋敷の和室には、ヨシしかいなかった。会食だと聞いていたかつきはすこし面食らった。なにより、自分の祖母が介助なく整然と座っているのに驚いた。
「起きててよろしいので?」
「座りなさい」
 有無を言わさぬ雰囲気。すこし不安ながら、かつきはひざまずいた。ヨシが、ため息をひとつ。
「なにから話そうかね。うちがこの島で一番の旧家だってことは知っていますね?」
「はい」
「この島には沖縄島に支配されないためのしきたりや、決まりごとがありました。文化や歴史を守りつつ、島民たちの暮らしを豊かにし、繁栄させる。それが使命でした。その使命を受けたものは鬼のように冷酷なこころで、ものごとを決めなくてはならないのです。ここまでわかりますね? これが先代、達鬼さんの名前に<鬼>の文字がはいっている由縁です」
 ここまで聞いて、かつきはただの昔話ではないことがわかった。そして、ヨシが家のものを払ってふたりで話しているのにも特別な理由があると理解した。
「そして、その使命を受け継ぐのは、代々長女のおのこ、と決まっていました。しかし、わたしの代からそれが変わりました」
「……男の子が生まれない」
「そうです。わたしの信頼するユタいわく、信心が足りないからだと、言われました。それを間にうけたわけではありませんが、わたしの鬼の子、あなたの母親の乙(いつ)鬼(き)も、あなたを生んでグソーへ旅立ってしまいました」
 息をのむ話だった。かつきは変な汗とドキドキが止まらないが、かたずをのむことすら許されないような圧迫感につつまれていた。
「本来なら、あの男、……あなたの父親にそれをまかせなくてはなりませんでした。しかし、あの男は財産と権力を手にしたら、我々が守ってきた、北の海の拝所を壊し、あろうことかその上に、戦争の火種を作ろうとしています」
「……」
「戦争の火種、という言葉に納得ができませんか? しかし、金は欲を呼び、欲は武力を呼びます。武力は的にもなります。そこで争いが生まれるのです。当初はほとんどの島民が反対していた移設計画もあなたの父親のおかげで半々になってしまいました村の分断。悲しいことです」
 もう、かつきはパニックでどうにかなりそうだった。しかし、ヨシの辛辣な言葉はつづく。
「……だから本土からやってきた男にわたしたちの伝統はわからないと注意したのですが……。あの娘――乙鬼にも困ったものです。しかし、死してなお、ひとつだけ希望を残してくれました。わたしの鬼の子はちゃんとひとり、鬼の子を生んだのです」
 全身を虫にかきなぞられたような嫌な予感が、かつきを襲った。そしてそれは――。
「わたしも歳です。もともと代替わりは二十歳で行うのですが、自分の体調を鑑みて、今年、執り行うことにします。今日から、西東かつきは<鬼>を襲名し、<克鬼>とします」
「……具体的になにを?」
 ヨシがとり出したのは小さなころに見た記憶がかすかに残る、鬼の絵。かつきはすべてを悟った。立ち上がり、玄関に駆ける。しかし、いつの間にか戻ってきていた使用人に阻まれ、家のどこにも逃げ場所はなかった。
「一週間よく考え、行動しなさい。一流の彫師に頼んでおいてありますから」
 そこには、逃げてもいいというような含みがあったが、それはこの島を離れ、戻ってくることはできない、という旨がつづられているようだった。かつきは階段を駆けのぼり、自室で、今のは夢だったのだと言い聞かすように布団の中で丸くなった。

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