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青い炎【小説】第九話

――なんだ?
 かつきが目を覚ますと、軒先がうるさい。かつきはふすまをすこし開けて、のぞき見た。たくさんのひとの殺気立った怒声に、ヨシはピンとのびた背筋で自身を釈明するわけでもなく、かつきの父親に責任を押しつけるわけでもなく、ただ、かつきに背中を見せていた。
「そうまでして金がほしいのか!」
 男の的外れなひと言に、かつきは飛び出した。
「お前ら!」
「かつき!」
 それはちいさな老婆からはなたれたとは思えない輪郭をした声だった。かつきは驚きのあまり、固まる。
「支度して学校へ行きなさい」
「――失礼しました」
 かつきは時計を見る。まだ朝の七時だ。すると香織がやってきて、かつきをダイニングのテーブルに座らせた。
「かつきちゃん。いい? これはヨシさんからの伝言。あなたのお父さんが、帰ってきてる。そして、わたしも今日知ったけれど――、工事が、はじまるみたい」
 かつきにはわかっていたことだった。しかし、驚きは禁じ得ない。
「いい? 普通には登校できないから、今すぐ支度して裏口へ出なさい。誰になに聞かれても、まだなにも喋っちゃだめ」
「……はい」
 かつきは今着ている制服を脱いで、洗ってあった二着目の制服に着替えて、髪と顔を洗うと裏口から外に出た。するとそこには広夢がいた。
「よ。今日は晴れたなー」
 自転車にまたがる。かつきはすこし躊躇した。広夢はふり返った。彼は色眼鏡では、かつきを見ない。かつきは安心して荷台に座った。
「飛ばすぞ!」
力強く、広夢は地面をけった。こんな日でも洗いざらしの街は輝いている。かつきは汗に透ける広夢の背中を見た。
 自転車は一度、波止場で停車した。広夢がかつきに笑いかける。
「今日は、いい感じだな」
「なにが?」
「海の呼吸が」
 広夢は恥ずかしげもなく言って見せた。そしてまだ見ぬ隣の島へ、羨望にも似た視線を向けた。
「このまま、父ちゃんの船で、逃げるか?」
「――」
「ほら、いちおう男と女だし、駆け落ちってことにすりゃー、お前もこの島をめぐるいろんなしがらみからぬけられて、ハッピーだろ?」
 かつきが困ると広夢は白い歯を見せた。
「嘘だよ」
 再び自転車は動き出した。こころなしか力強さは先ほどよりなかった。
 校門に、長い黒髪の女が立っている。かつきにも遠目でわかった。
「お、あや子―!」
 シリアスな表情の消えた声で、元気よく広夢が叫んだ。あや子も気づく。長い髪が風になびいている。
「早いな、あや子」
「うん。……広夢から連絡網回ってきて、それから寝たり起きたりしてたから」
「え、遠回しに責めてる?」
 バカ。あや子ははにかんだ。
「連絡網って?」
 かつきは問いかけた。ああ。広夢が自転車から降りる。
「基地建設の話があってから、こんなときのために、協力してくれそうなひとを集めて決死団をつくっていたのだ」
 決死。その言葉が、今のかつきには重くのしかかる。それを察した広夢は諭すように言った。
「協力するのは、基地反対とかじゃないさ。決死団なんてものじゃなくて、正確には「かつきを守る会」だな」
「おれを、守る会?」
「ああ、たとえかつきがどっちを選んで、結果どうなろうと支えていきたいと考えているひとの会だ。例えば、香織さんとか、担任のゴリ松とか。今日これるかわからないけど、参護にーにーとか。ま、いろんなひとだ」
 かつきは驚いた。同時に喜んでいる自分がいることに気づいた。大人たちは自分のこころのことで変な目で見ている。大人は敵だ。そう思い込んでいたから。目に涙があふれた。しかし、それをこぼさずに、まつ毛にためた。
「お前ら! 遅くなってすまん!」
 ゴリ松がバンでやってきた。校門を開け、警備に学校を開放してもらう。校庭の砂はじゃかじゃかしている。
「お前ら、こっちだこっち」
 連れて行かれたのは体育館だった。しばらくすると、ひとが集まり出した。年齢、性別などさまざまだ。
「こんなことしていいんですか?」
 普通に疑問に思ったかつきはゴリ松に聞いた。
「こんな集会を開いたとあっては首が飛ぶな」
 かつきははじめてゴリ松をかっこいいと思った。
「おー! 参護にーにー!」
 普段島外にいる島出身者も集まっているようで、ひとりひとりに、広夢は話しかけている。
「みんな、あなたのことが好きなのね」
 あや子が言った。かつきはまた泣きそうになった。
「鬼さん」
「鬼さん」
 サヤとヤエの声だ。かつきはふり返った。
「わたしたち、わからないけど」
「うん。わからない」
「きたからね」
「ね」
「――ありがとう。ふたりとも」
 三人は抱きあった。広夢がやってくる。
「どうだい? 愛されるってのは?」
「……最低」
「へ?」
「でも――悪くない」
「素直じゃねーな」
 あきれたように広夢は言って、鼻で息を吐いた。ふふっ。あや子が笑う。
「あや子は?」
 かつきは基地建設に親が関わっているのにこの場にいるあや子が気にかかっていた。するとあや子はするりと答えてみせた。
「いいじゃない。わたし、反抗期真っ盛りだし、こんな楽しそうなお祭り、参加しないほうが嘘よ」
 お祭り。そう確かにそれは抗議集会だが笑いあり、涙ありの<マツリゴト>であった。
「それにー、きっと、止められるのはわたしとかつきだけ。しかも、ふたりじゃないと意味がないみたい」
その言葉を聞いてかつきは意を決心し、口を開いた。
「みんな聞いて! おれは、基地建設に、断固反対する!」
 歓声があがる。かつきもまんざらではない。
「ちょっと待て!」
 体育館の入り口に、悪そうな顔の男。
「お父さん!」
「こうなるだろうとは、思ってたけどな」
 かつきの父親が役所や工事関係者、警察官をぞろぞろ連れてきている。さすがに島民もその<ただ事じゃない>雰囲気に威圧される。
「お父さんはいつもこうだね」
「……いいか、かつき、おれにたてつくなら勘当だ。それでいいならこの島のやつらと仲良しこよししてろ。ただ、普通の暮らしはできんぞ」
「おいおい、もっとスマートにいこうぜ西東の父ちゃん」
 ロン毛にひげの男ひょうひょうとした男が、みんなの先頭に立つ。
「言ってやれ! 参護にーにー!」
 広夢が声を大にする。参護にーにーとは、若い世代の兄貴分で、この島ではすこし名の通ったヒーローだった。
「仮にも議員さんなら、地上げ屋みたいなことはやめて政治的なやり方でくるのが筋じゃないですかね? 基地移設の目的は? メリットは? デメリットを考えたことがありますか?」
 辰実のまゆがピクリ、とあがる。
「いいんですか? 伊江島の島ぐるみ闘争のようになっても」
「かつき!」
 辰実は参護を無視した。
「移設予定地にだけはくるんじゃねーぞ」
 そう言うと辰実は引き連れた秘書に耳打ちして、出ていった。しんと体育館が静まり返る。
「参護さん。どうする気?」
 かつきの問いかけに、参護は――いつも広夢がそうするように白い歯を出した。
「行くしかないっしょ!」
体育館がゆれる。窓辺で休んでいたイソヒヨドリが飛び立った。

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