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レモネード【小説】第5話

スランプ。るねははじめてそれを味わっていた。パーティから帰ってきて、満足いく写真が撮れない。もちろん、プロの作品に圧倒されたこともあるが。
「るね! 学校は?」
「ちょっと、行けそうにない」
 はじめてるねは仮病を使った。昨日は本当にお昼まで、体調が悪かったのだが、今日は違う。ただ惰眠の中に潜っていた。昼過ぎにぼろぼろじゅーしーを食べると、店が開いたのを確認して、るねはこっそり家を出た。
 十二月。さすがの沖縄でもジャージが必要になる。宮城島から、先生のいる伊計島まで行こうと思った。あのパーティの日から、なんとなくアシュレイに会いたくなくて、足がむかなかった。しかし、先生から連絡がはいった。貸している本を返してくれと。歩きながら、目についたものをカメラで映す。それはクセのようなもので、特に<響き>があるわけではなかった。
 先生の家の前で、足が止まる。青色のカブ。アシュレイがいる証だ。呼び鈴を押す。
『はい?』
 いつもなら中にはいっていくのだが、ついるねはボーっと呆けてしまっていた。インターフォンに出たのは雅子だ。すこし、るねは胸を撫で下ろす。しかし油断はできない。青色のカブが停まっているからだ。
「いらっしゃい、るねちゃん」
 中にはいると、雅子と、やはりアシュレイがいた。アシュレイからはもうレモングラスではなく、潮の香りがする。うん。こうでなくちゃ。
「今、ティーをいれたところなの」
雅子がそう促したので、テーブルに腰かけた。すると、アシュレイが口を開く。
「で、外に出てきたってことは、体調はいいわけ?」
 なんであんたに心配されなきゃならないの。想いとは裏腹な言葉が口をついて出そうだった。
「あら、モデルさんはこんなことしてていいの?」
「……なにその嫌味」
 るねは耳まで赤くなるのがわかった。自分がスランプなのは、アシュレイには関係ないのにと。
 ハーブティが運ばれてくる。レモンが浮かんでいた。そう言えばレモンなんて曲が流行ったっけ。あれは中学一年のころだ。とか思っているとアシュレイはそれに口をつけた。
――あ。
 るねはすぐに構えてシャッターを切った。アシュレイはなにも言わない。湯気が午後の生ぬるさを感じさせるその様子を雅子は対面キッチンからみていた。そして、るねは雅子にもカメラを向ける。カシャ。といい音が鳴る。
「ただいまー」
 先生が帰ってきた。そのままの流れで、るねは先生も撮った。先生はピースサインしてみせた。
 なんとなく、この三人は絵になる、そう思ったるねは三人を撮りつづけた。窓辺でイソヒヨドリが歌っている。
「なんで学校こなかったんだ?」
「熱出てたの」
 先生はパソコンをはじめ、雅子が絵をかきはじめたため、自然とふたりきりになった。パーティの日からどぎまぎしてしまう。
「今日も?」
「今日は――」
 そこでるねの言葉はくぐもってしまう。
「仮病?」
「お昼までは体調悪かったの!」
「そっか、ごめんごめん」
 るねは、おそるおそる聞いてみた。
「待ってたの?」
「一時間くらいだけ」
 さらっと言って見せたアシュレイだったが、それに親愛を感じたるねは自分の子どもっぽさを恥じた。アシュレイを好奇の目にさらしてしまった、という自責の念がこみあげてきた。
「そうだ、お前、今日夜空いてる?」
「は?」
「出かけようぜ」
 るねは考えたが、自室から外に出るのはそう難しくない。夜出かける目的はわからないが、寒空にアシュレイを待たせた、というのを負い目に感じていた。
「いいけど、どうやって連絡とるの?」
 アシュレイはすぐスマホをとりだしてラインのQRコードを見せた。あわてて、るねはかばんからアイフォンを出して読みとった。
「連絡するから」
「――うん」


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