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コザの夜に抱かれて 第21話

 ストがはじまって一か月が経った。正念場だった。この島では、もう室内では半袖で過ごしやすいくらいだった。
「では、行ってきますね」
 みゆきが岬に言う。
「あ、今日病院でしたね。気をつけて」
 外に出る。すると、むかいのタコス屋で一鉄が店を眺めていた。平日の昼間だった。
「みゆきさーん!」
 大声でみゆきの名前を呼ぶ。みゆきは足を止め、ちいさく手を振ると、ちょうど滑りこんできたバスに飛び乗った。はあ。と彼女はため息をついた。
「また、お店変えなくちゃいけませんかね」
 逆方向のバスに乗ってしまったので、次の次のバス停で乗りかえ、病院へとむかった。その途中、横目で見ると、一鉄が黒服となにやらもめていた。みゆきには気づいていない。
 おばが医師をしている病院につくと、みゆきはいつものように採血とエコーを受けて、診察室に入った。
「失礼しますね。教授」
「……」
 真由美はなにも言わない。手で座れ、とうながして、パソコンで採血の数字を見ている。
「あんた、酒やめてないでしょ」
「はい」
 真由美は頭を抱えた。みゆきはそれを予想していたのか、氷のような表情だった。
「……数字、すっごく悪くなってる」
「はい」
「今どれくらいのんでるの?」
 みゆきは一瞬、病的に真っ白な宙を見た。
「ビールのロング缶を、六本くらいですかね」
 はあああ。真由美は深くため息をついた。そしてようやくみゆきを見る。
「仕事は? どうしてるの?」
「今、ストライキ中なんです」
 真由美は怪訝そうな顔をしたがパソコンに向き直し、説明をはじめた。
「まずコレステロール値、中性脂肪は、抜きんでて高い。あと、脂肪肝になってて、エコーの写真を見る限り、ほぼ間違いなく肝炎。腹腔鏡手術してみないとわからないけどね。ここじゃまず設備が整ってないから無理。大学病院に行ってもらうしかないね。手術うけるなら、紹介状書くけど」
 真由美はみゆきに振り返った。みゆきはエコーの写真を見ている。
「……あんたのことだから、手術は嫌かもしれない。でも今すぐ入院しなきゃいけないところまできてる。考えといて。薬はいつものやつでいいんだよね?」
「はい」
「ほんとうは酒のみに睡眠薬は出したくないんだけど」
 それで診察は終わった。院内薬局に処方箋を渡すと、みゆきはマナーにしていた携帯の履歴を確認した。岬から連絡がきていた。みゆきは慌てずに、電話のできる場所に移動した。
「もしもし」
『みゆきさん! よかったつながった! みゆきさん今お店来ない方がいいですよ! 一鉄のやろーがずっと店の前で座っているんです!』
「そうですか、わかりました。もし、一鉄さんがいなくなったら連絡ください。それまで自宅で待機しています」
『それがいいっす!』
「合鍵の場所、教えておきます」
『合鍵があるんすか?』
 それは、みゆきしか知らないところにあった。
「屋上の、タバコの吸い殻をいれるバケツ、ありますよね? その下です」
『そんなとこにあるんすか?』
「ええ」
 すると、薬局から声が飛んできた。
「○○さーん」
 本名を呼ばれたので、みゆきはすこし気づかずに、二回呼ばれてやっと気がついた。
「すいません。呼ばれたので切ります。なにかあったら連絡してくださいね」
『気をつけてくださいよ! 戸締りはしっかり!』
 ふふ。みゆきは笑った。
 薬局で中期の睡眠薬を受けとると、時刻は三時。みゆきはまっすぐ家に帰ることにした。病院の前には松島タクシーが停車している。日も長くなっている、春本番間近の、沖縄だった。
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