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1993年の燕(つばめ/短編小説最終回)

 その翌日、千葉に帰る日に、昭彦はもう一度和男と会い、定食屋で昼飯を一緒に食べた。
「俺の予想じゃ、スワローズは今年はリーグ優勝できないんじゃないかと思うよ。お前に次回の飲み代を払わせたいのは、やまやまなんだけどさ」と、和男は言った。
「だがもし日本シリーズで勝ったら」と昭彦は言った、「一五年ぶりになる、な」
 和男はそれには答えずに、別のことを訊ねた。
「今日帰るんでなけりゃな。今日は六時であがれそうなんだ」
「このまま出たほうが道が混まないんだ。それに飲んだら帰れなくなる」
 昭彦が和男をルノー・サンクで送って行く途中、和男が何度か後部座席を振り返った。
 そこには、飛燕自転車製の古ぼけたランドナーが一台、前後輪と泥除け、そしてキャリアを外された状態で積み込まれていた。梨の絵の付いた出荷用のダンボールが、座席の汚れを防ぐために広げられていて、すでにいくらか油汚れが移っていた。錆びかけた下ブリッジのボルトを外すときに、盛大にCRCを吹いてしまったのだった。
「昭彦、お前、本当にこの自転車を直して乗るつもりなのか。なんだかずいぶんやれてるみたいじゃないか」
「東京なら、この手の自転車の部品もまだ扱っている店があるらしいんだ。フレームも塗り直しゃいいし、なんならフレームを別のにして、組み直してもいいんだ。車と違って、自転車なら旧いのも維持は楽だぜ」
「けどな、エンジンのほうが問題じゃないか。俺なんか、ウエスト一五センチも増えた」
「動かしてりゃ、動くようになるさ。今すぐ、大町まで日帰りしようってんじゃないし」
「やっぱり、変わってるよ、お前」
「そうさ。スワローズファンだからな」
 和男の職場から引き返し、高速に入るまでの道は、新しいバイパスを通った。初めて、実家の近くの部分のバイパスを車で通過した。昭彦が自分の「ツバメ」をほじくりだした納屋が、ガードパイプの向こう側に見えた。

                               (了)

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