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無題

私の世界は私以外全員他人で
私の思考や私の好み全てに共感してくれる人は
一体どれくらい居るかな

「可愛さとは」を追求して
一般的に誰が見ても可愛いのみを「可愛い」として目指している。
例えば目が大きい、鼻が高い、顔が小さい
まつ毛が長くて二重
大きくも小さくも無く、分厚くも薄くもない唇。

「面白さ」を追及して
相手に合わせた、みんなが楽しめる「面白さ」を。
誰も傷つかず、少し自虐と相手へのいじりを添えて。
面白おかしく聞こえるテンポで。

「優しい」を追求して
厳しさと柔らかさのバランスをとった
真っ直ぐな「優しさ」を人に向ける。
いけないところは指摘して、
だけどちゃんと相手を理解して褒めて寄り添う姿勢。
 
私が可愛いと思わない物を「可愛い」と思う人は
ミーハーなんだなと思うし
私が笑えない話はまだ「面白くない」
私の「優しさ」を
冷たいと評価する人は、自分に甘いと思う。

そんなふうにトゲトゲと、自分以外を
否定して見下す自分が顔を出す時がある。
こんな自分がめちゃくちゃに嫌だ。

だけどそんな私の反対側には
「誰がどう思ったって自由」
「誰がなんと言おうと自分の道を」
「人の自由に口を出す権利は誰にもない」と
思う私が真っ直ぐに、冷静に、こちらを見詰めている。

自分の可愛いを追求していい
オシャレは人それぞれ。
人にどう思うかも、人それぞれ。

だけどそれだと
他人とズレが生じるだろ、と思う自分。

どっちつかずで、だけど極端で
醜くて、凛としていて
私は私が大嫌いで、大好きだ。

完璧主義な私は
いつも何処か、おしい。

私はいつでも欠落していたい。
常に何かを求めて居ないと生きている気がしない。
だけど、完璧になって誰よりも的確で
みんなに好かれたい。

私は子供の頃
仮病で学校をいつもいつも休んでいた
親や先生が仮病だと疑うと
「なんで信じてくれないの?
酷いよ、ホントなのに。」と言う悔しさで泣きじゃくった
でも実際真っ赤な嘘だった。
アレはなんであんなに悔しかったんだろう
信じて貰えなかったからだろうか。
きっと役になりきっていて
その役の中の「自分」が信じて貰えなかったのを
哀れんだ涙。
私のどっちつかずでよく分からない
おかしな性格は
この頃からきっと何も変わらない。

歪で、だけど堂々としていて
恥ずかしくて、それでいい。

他の人はきっとこんなこと
考えないだろうし、何言ってんのかなぁと
思うだろうと思う。

世の中色んな人がいるんですわ。
自分って変なの。

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