フロイト『モーセと一神教』

図書館で借りてきた本の記録と備忘録。

フロイト『モーセと一神教』中山元訳、2020、光文社古典新訳文庫
底本 「Der Mann Moses und die monotheistische Religion」Amsterdam,Verlag Allert de Lange,1939

ジークムント・フロイト(1856-1939)といえば、精神分析の手法を開発した精神医学医、心理学者である。
本著において、ユダヤ教とそれに系譜する宗教における重要な指導者、預言者であるモーセについて、宗教学、歴史等の先行研究や自身の精神分析の手法を用いて、大胆な仮説が立てられている。

フロイト自身も本著の節々で弁解しているが、本著に述べられている大胆な仮説は、ある仮説を土台にして推測されるそのまた仮説のようなものであり、歴史的な史料に基づいていない部分が多い。
言い換えれば、圧倒的な少数派の意見、研究結果であり、現在主流になっているモーセ観、ユダヤ教観とは異なっている部分が相応にあることを留意しておく必要がある。

それでも、読み進めるうちに単純に興味深く思えてきたり、確かにそうかもしれないと考えさせることもあり、ユダヤ人の歴史、ユダヤ教、聖書、そして宗教一般に関心がある人が読めば、かなりの示唆を得られると思う。

フロイトの仮説を簡単にまとめてみる。

モーセといえば、エジプトに滞在していたユダヤ人の集団を指導し、カナンの地まで率いた出エジプトのエピソードが有名である。
ユダヤ人たちを数々の預言と奇蹟の力でエジプトという異国から解放し、ヤハウェという神との契約すなわち律法、さらにカナンの地という国土を彼らに与えたとされる、聖書における重要なエピソードである。

その指導者モーセは当然ユダヤ人であると思われてきたが、フロイトによれば、出エジプトを指揮したモーセは実はエジプト人であったというのである。

その根拠として、モーセという名前がエジプト語由来であること、モーセ出生のエピソードについて、精神分析を用いた解釈の結果や、モーセがユダヤ人たちに与えた新たな習慣など挙げている。
(正直、精神分析の手法はよくわからなかった。) 

さらに仮説を続ける。
モーセは恐らくエジプト人で、さらにファラオに仕える政府の高官であった。
当時のファラオであるアメンホテプ4世は、それまでエジプト人が広く信仰していた多神教の宗教を捨て、新たにアトン神という唯一神を信仰するように宗教改革を行った。

モーセはアトン神信仰を熱心に行っており、アメンホテプ4世が没した後、なんらかの理由(おそらく政治的な理由)により、当時エジプトに住んでいたユダヤ人集団を伴いエジプトを脱出し、彼らの宗教的、政治的リーダーとなった。

このとき、ユダヤ人たちに教えられた唯一神の信仰は、ヤハウェ信仰ではなく、アトン神の信仰であった。
しかし、そのユダヤ人たちにはアトン神信仰は根付かず、モーセとユダヤ人たちの関係が悪化し、最終的にモーセ自身もユダヤ人たちに殺されてしまう。

その後、数世代後に、出エジプトしたユダヤ人たちと、別の地域のユダヤ人集団とが合流し、新たな共通の宗教を模索する。(この時点ではまだカナンの地にはたどり着けていない。)
そこで白羽の矢が立ったのは、当時ある地域で火山の神、火の神として信仰されていた土着の神、ヤハウェ神である。

ヤハウェ神信仰を土台として様々な教義の確立や歴史の編纂作業が行われていく中で、出エジプトしたユダヤ人集団に伝わっていたモーセとアトン神の伝承がその編纂作業に色濃く影響を残すことになる。

以上が、フロイトが想定しているストーリーである。

(編集中)




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